私は中学生の頃、プロボクサーに憧れたことがあります。
かなり昔のことですが、小林弘さんというジュニアライト級を6回防衛した世界チャンピオンがいて、その人の本を読んだことがきっかけでした。
しかし私にはそんな才能もハングリー精神も無かったので、単なる憧れに終わりましたが、数え切れないほどその本を読み返したことから様々な知識を得られたし、ボクサーの世界観みたいなものも色々と摂取できたと思います。
その中で「1ラウンドの3分間という単位は、日常生活の中に染みついている」というものがあります。
3分区切りで行うスパーリングやシャドー、ミット打ちやサンドバッグ打ちなどを、1分間の休憩をはさんで数え切れぬほど繰り返すうち「3分」という時間は何をしていても体が覚えてしまうので、試合に臨んだ時のペース配分も、いちいち時計を見なくても(見てる余裕など無いでしょうが)できるようです。
“ボクサーの3分間”はわかり易い代表例ですが、私たちが仕事などで慣れ親しんだ作業をするときも、似たようなことをしているはずですし、もっと範囲を広げれば1か月間一定の金額で生活するなんていうのも、ある意味身体に染みついた感覚かもしれません。
星野道夫さんは冒険家として有名な方でしたが、名文家でもありました。
気取らない暖かな文章ながらも、本格的な冒険暮らしの一端が垣間見える数々の作品があり、たいていの本は適当な時期が来ると処分してしまう私が、ずっと手元に保持したままでいるのが「アラスカ 光と風」です。
この本の中に「カリブーを追って」という1節があり、初春の1か月半、カリブーの群れの撮影のため1人でブルックス山脈にこもる話があります。
かつて雪深い地域で暮らしたことがある私は、冬の時期にはなんとなく隔絶感を感じていましたが、星野さんの場合は「隔絶感」なんて生易しいものではなく、誰が何といおうが完璧なほどの『隔絶』です。
その隔絶された生活の場に持ち込む必須アイテムに抜かりがあると、確実にヤバいことになる。
下手をすれば死にます。
といっても危険が迫ってくる威圧感といったようなものではなく、人間などというちっぽけな存在は、大自然の掟の中では最初から問題にされていない感じだと、星野さんは書いています。
ところで私たちは1カ月半の間に、一体どれくらいの種類の食料を、どの程度の分量だけ必要としているのでしょう。
ボクサーが3分間のトレーニングを繰り返す回数はわかりませんが、私たちも3万日以上の期間を生きて、毎食食べています。
もしも90日間、隔絶された山岳地で補給なく暮らすとしたら、食料をどれくらい持ち込めば良いか?
この計算ができる人はそう多くないと思います。
「もしものために、多めに持ち込んどけばいい」
それは一案ですが、その他の装備を合わせると、持ち込める荷物の量には限界がある。
RPGゲームで、持てるアイテム数に制限があると、何を捨て何を確保するかによって冒険のしやすさが変わってきますが、ゲームだとあまり考慮の対象にならない「食料」が、リアルの冒険だと生命のカギを握ります。
量は絞りに絞るが、かといって不足すると全活動に影響し、食料を削ってまで持ち込んだ他の装備を使いこなせない状況に陥る羽目になる。
だからといって食糧で徹底的な安全策を取ると、装備が足らなくて目的の達成に支障が出ることになる。
「ちょっと取りに帰る」ということが一切できない状況下での生活の場に、どれだけの食料を持ち込めば、自分は所定の期間内に充分な仕事ができるか?
これが分かっている人など、私を含め、私の周りには一人もいないと言ってよいでしょう。
ちなみに、星野さんがこの1カ月半の行程で用意した食料を書き出してみます。
米5キロ、ホットケーキの素、オートミール、ラーメン10個、卵12個、缶詰(コンビーフ、ツナ)、玉ネギ、ジャガイモ、マーガリン、カレー粉、かつお節、醤油、調味料、ビスケット、チョコレート、コーヒー、ココア
これらを組み合わせての調理です。
調理器具は限られているし、使える燃料も最低限で済ますことを考えると、それほど凝ったものはできなさそう。
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どうも私のイメージは貧困になりがちですが、山では食べることが最大の楽しみと星野さんは書いておられるので、おそらくかなり工夫してバラエティに富んだものを準備されるのではないかと思います。
しかし、分量が書いていないものが気になります。
玉ねぎとジャガイモなんて、どれくらいずつ持っていくのだろう?
便利な食材だけど、そこそこ重いし、主食代わりになるジャガイモは多めで良いが、米を主軸に食生活を切り回すうえでは、ジャガイモが突出しすぎるとメニューが組みにくくなるし……
星野さんが、持ち込んだ食料をザックリ書いているだけに、ここからの想像が止まらなくなります。