“進んでる巡査長”
ひょっとしたら、『翔んでる警視』のスピンオフとして1回くらいは作られても良かったのではないでしょうか?
天才的頭脳を持つスーパーエリート岩崎白昼夢(さだむ)警視の部下・進藤俊次巡査長が主人公の、実直な刑事の活躍物語。
作者が菊池秀行さんなら、1作くらいは書いてくれたかもしれません。
ただ、メインシリーズに人気があるにもかかわらずスピンオフを書けるのは、菊池さんがたぐいまれな多作(たさく)家であるからこその特徴でしょう。
胡桃沢耕史さんにとってみれば、翔んでる警視シリーズに人気が有った以上、わざわざ手間ヒマかけて地味な進藤を主人公にギャンブルを打つことは、現実的判断とは言えない。
それなら、志村みずえ警部補や乃木圭子巡査を主人公にしたほうが、はるかに華のある作品ができるでしょう。
さて、進藤巡査長ですが、この人は志村みずえ警部補(当時は巡査部長)と共に第1話から登場する最古参のキャラクターです。
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(ああ、「キャラクター」って書くと、また「ラク」だけにはてなリンクが張られる)
すみません。話を戻します。
岩崎警視に恋慕の感情を持った婦警の志村デカ長が、第1話登場時から目立ったのに比べ、進藤デカ長はここでも地味さを貫きます。
岩崎が志村へ「聞きこみのうまい刑事は誰か?」と訊ね、その回答で名前だけが登場します。
しかも続けて「じゃあその進藤刑事と組んで聞きこみにあたってくれ」と、完全にアイテム扱いです。
それだけでなく、およそ40ページにわたるこの第1話の中で、進藤刑事のセリフはたったの一言
「ハイ」
だけです。
調べたことが文書になっているかと問われ、“機械仕掛けの玩具のように飛び上がった”進藤刑事のアクションは、岩崎に調査書を提出しただけのワンカットしかありません。
まったく、毒にも薬にもならぬ顔見せですが、現実の世界でも、そんな風に登場した役者が、その後(主役級かバイプレーヤーかはともかく)巨大な存在感を示す名優になっていくケースは多いでしょう。
事実、進藤刑事はその後メキメキと脇役の頭角を現し、美濃囲いでいえば☖6一金のような存在感を示します。
もう進藤のいない岩崎チームは考えられない。
若手の武藤刑事では、進藤の役割は到底果たせません。
綾南高校で例えるなら、試合中に魚住が退場したら、控えセンターの菅平では湘北高校の猛攻になすすべもなくなるようなものです。
進藤刑事の持ち味のうち最大のものは、あの岩崎警視とのやり取りにおいて、ちょっとした人間味を引き出してしまう能力です。
他の登場人物との対話では、つねに木で鼻をくくったような物言いの警視が、進藤との会話では実に丸みのある文章表現で、親しげな返答をすることが多い。
また、刑事部長などの大幹部から特命を受けて捜査にかかる際に、同行する彼の家庭環境や懐具合を気遣うセリフが何度も登場し、およそ他人の想いなどお構いなしな岩崎警視にしてみれば、これは非常に例外的な態度をとっていることがわかります。
『翔んでる警視Ⅲ』から岩崎の部下になる定年間近の吉田刑事もまた、警視のちょっとした人間味を映す鏡のような役割を果たしますが、それでも進藤刑事には遠く及ばない。
進藤巡査長もまた、「竜馬がゆく」における“寝待ちの藤兵衛”的な存在ですが、キャラ付けが強くプロフィールや人間性までが濃厚に描かれているので『オブジェクト』と言ってやるのは気の毒なため『脇役』と呼んでいます。
しかしこの進藤刑事。気になります。
サラリーマンとしての彼に、もう少しだけ迫ってみましょうか。。。