以前の記事で、随意契約ワースト1位だった時代の環境省で、局の会計担当をしていた話を書きました。
数ある事業者の中で、唯一そこへしか発注できない特別な事業というのも、ある程度ならわかりますが、全請負契約中90%以上がそうだというのは、ほぼ架空の世界観といっても過言ではない。
随意契約理由書というものを毎回作って、事業内容と共に会計課で説明をするわけですが、これはいわば創作活動に近い。
ほぼあり得ない世界を築き上げる作業なので、イメージ力がないと1行も書けたものじゃありません。
私の仕事は、局内各課の担当者が起案してくる請負の書類に目を通し、仕様書と積算を突合することと、随意契約理由が適切かを判断し、問題があれば指摘して直させたうえで局内決裁を仰ぐことです。
そして、局内決裁後は会計課の契約担当に持ち込み、事業者と契約を締結してもらうよう説明することです(事業の説明自体は担当課が行います)。
局の筆頭課や、大臣官房各課を若いころに経験すると、ナマイキが身に付く弊害があり、私は元々の傍若無人な性格と相まって、年齢や役職などお構いなしな実質本位スタイルで、上の人たちを頭ごなしにやり込めてしまうことが多かった。
20代半ばで高卒ノンキャリ組。当然役職もないのですが、ポジションに力があり、上司も厳しくて有名な実力者だったので、虎の威を借る狐みたいな側面もあり、そのおかげで仕事が早かったのは否めません。
「実力」か? 「ただのプライド」か?
扱いづらかった、ある技術者
請負を起案するのは大抵は技官です(私は事務官)。
私が所属していた局は出向者が多く、しかも技術職の真面目な方が多いので、小ワッパとはいえ実務をバリバリと切り回す筆頭課の会計担当にはほぼ逆らえません。
細かな積算へのダメ出しや、ファンタジー小説のような随意契約理由書(「随契理由」と呼ばれる)の校正まで、とにかく付箋だらけの書類を突き返される。
ときには、
「類似のことを他局でやっているが、あえてウチの局でする必要性があるのか?」
「外国の先進事例が挙げられているが、なぜこの事業に関連性の高い○○国の○○施策について記述がないのか」
という話に及ぶこともある。(若造のワタクシが偉そうにこんなことをしゃべっていたのです)
これについては「起案文書を考えなしに、ただチェックして通すだけの仕事をするな。事業を行う意義までしっかり考えろ」という上司の厳しい指導により加わった、視野を広く持つべく行っていたチェックでした。
まあそういったチェックを受け、されまくった指摘を受け入れざるを得ない技官の方々でしたが、ひとりだけツワモノがいました。
バリバリの技術屋さんですが、専門分野の頭でっかちな感じではなく、自身が置かれた情勢の中での舵取りも上手い。
そして、自分の軸がしっかりと立っているので、発言するときの発信点が常に定まっていて、そこを決して譲らない。
平たく言えば、弁の立つ技術者でした。
仕様書と積算の不一致など、客観的な不足部分の指摘は受け入れますが、ニュアンス的な文章変更はまず受け入れようとしない。
つまり、最も如実に対立するのが随契理由のところです。
会計事務の総本山・官房会計課でも己を曲げなかった!
それどころか・・
結局、会計課への説明にはその方に同行願いました。
普通は担当課の庶務担当者が私と同行し、事業の説明をするのですが、その方の場合は語りがハイレベルすぎて、我々事務官が行う実務言葉への翻訳が困難だったからです。
今の私なら「面白いから同行してください。私が適当に場を作るから、援護射撃をよろしく」というところですが、当時20代半ばの私は、彼を持て余すばかりに同行を求めました。
私の申し出を承諾したその技官は、会計課の契約担当者に説明を開始するのですが、はたで見ていてもやっぱり彼の論調は“会計検査院向き”とは色合いが違う。
会計課の諸先輩方も、私が試みたような論法で彼を説得するのですが、どうにも折り合いがつかない。
契約担当者の係長は、私の師匠筋と言ってよい方々のひとりで、かなりのやり手でしたし、並んで話を聞いている課長補佐もまた、そのやり手の係長を教育してきたレベルの方です。
煮え詰まった議論に業を煮やし、言い方は軽いがちょっとした圧迫を加えたのも無理はない。
「それだと、この随意契約理由は通らないですね」
普通はどんな担当者でも、水戸老公の印籠を見せられたかの如く、屈さなければならない。
だが、その技官は平然と言い返す。
「いいですよ。じゃあ入札にしますか?」
実はこの言葉が一番堪えるのは、会計課の契約担当者です。
入札実務一切は、会計の仕事であって局の責務ではない。
当然、技官はそれを知り抜いていた。確信犯です。
そして、やり口は鮮やかでした。
むしろ、ある程度チャンチャンバラバラやって、適当なところで印籠を出したのは、この技官のほうです。
これにはやり手の係長も参ってしまい、課長補佐も途中からその流れを見切っていたためでしょう。素早く落としどころを探す展開に入りました。
要は、「自分たちが課内でこの書類を通す算段をするので、その材料を提供してくれないか?」という観点から、資料の修正を依頼する形になります。
おそらく、この技官はそれもある程度見越していたでしょう。
あっさりと折れ、多少の手直しを約束し、説明は終了、大筋合意となりました。
実力があるからと、そればかりを恃みにしている者は、組織人としては実は脆弱である。
組織人の真の実力は、専門性プラス組織遊泳術であるという私の仕事観は、こういった経験から体得したものです。