感情会計-善意と悪意のバランスシート

財務諸表から逆算で人心を読むテクニック

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普段なら記事にしない感じのこと(出版系)②

急な廃刊で賞金がもらえなかった中学生時代

中学生の時、某有名出版社から出ていた雑誌で「読者投稿企画」が派手にスタートし、私の投稿が採用されました。

 

最優秀ネタだと1万円、その下に2段階ほどあり、私が採用されたのは最低の千円ですが、それが2カ月続きました。

つまり、その時点で2千円。

 

中学生にしてみれば結構な大金です。

 

気を良くした私は、次のお題を読んで必死に頭をひねり「これだ!」というネタを送りつつ、すでに確定している2千円が家に届くことを考えてワクワクしていました。

 

翌月、待ちに待ったその雑誌を手に取ると、どうも様子がおかしい。

一生懸命ページをめくるが、読者投稿のコーナーが無い。

 

廃刊になったのです。

 

(他にも採用された読者が何人もいたのに、あれはどうなっちゃうんだろう)

それに関する記述は、どこを探してもない。

 

編集部に電話したら「担当者がいない」と言われ、結局泣き寝入りだった。

 

今思えばテコ入れのつもりだったのでしょう。

「読者投稿企画」は、一度に6個か7個のコーナーが作られ、それぞれに担当者が割り振られていました。

中にはよほど投稿が無いのか、2カ月くらい担当者のエッセイになっているものもあり、迷走ぶりが見え隠れしていたのですが、中学生としてもかなりアホの部類にいた私には全く見抜けなかった。

 

学研の「BOMB!」は、しっかりと 図書券で送ってくれたっけな・・・

ゆえに学研には好印象を抱いています

 

わんこそば作家

1981年から4年ほど、講談社で発行されていた日本初のショートショート専門誌「ショートショートランド」のインタビューに答えている赤川次郎さんの記事を読んだことがあります。

数十年前のことなので記憶もだいぶ薄らいでいますが、おおむねこんな内容です。 

締め切りが迫ってきたけどどうしてもいいアイデアが無く、仕方ないからそのとき考えてた長編のプロットを縮めてショートショートにしたら編集者に「内容が濃いですね」と褒められた。

 

ちなみに、ショートショートという分野の小説は、原稿用紙5枚程度で完結することが多いというのが、当時の定説でした。

原稿用紙の枚数で稿料が決まる出版界の傾向に、ショートショートの第一人者だった故・星新一さんは苦言を呈していた。

 

「1作にかける労力は、短くても長くても一緒だ。原稿用紙の枚数で決まるものではない」

 

ショートショートランドは、そんな星さんの呼びかけによって「1作ごとの稿料方式」になっている。

 

しかし赤川さん。「長編のプロットをショートショートにして提供」とは…

 

星さんやショートショートランドの思惑はどうあれ、長編の形で発表すれば、その作品だけで1冊の本になる。

印税、ドラマ化、映画化…などその後の展開も随分違ってくる。

 

ショートショートだけで本にするには、30篇とか40篇が必要なことは、星さんの作品集を見ればわかることです。

赤川さんがショートショートの執筆を頼まれる機会はそう多くないはず。

書籍化はいつになるかわからない。

 

それなのに、せっかく浮かんだ長編小説のプロットを、あっさりショートショートの題材にしてしまうとは…

 

赤川さんほどの多作家になると、そのくらい気にならないのでしょうか?

アイデアは無限に湧いてくるのだろうか?

 

私は密かに赤川さんのことを「わんこそば作家」と呼んでいます。