【感情会計】善意と悪意のバランスシート

善と悪の差し引き感情=幸福度

経験で実感した「国のおカネ」の使い方とその効果

私が環境省の地方の出先機関にいた時のことですが、1年目に扱った予算額は大体1億円です。

2年目は倍増して約2億円。

その多くは使途が完全に決まり、それ以外も基本的な使い方の規定はあるのですが、それでも数千万~1億近くは、自分たちで使い道や使い方を考える余地のある予算です。

 

現代版「三方一両得」は可能か?

 細かい説明は省きますが、役所には「契約」と「支出」でそれぞれの担当官(責任者)がいます。

(正式には、一般的な「契約」に相当することを「支出負担行為」といいます)

私はその地方事務所における支出官でした。つまり支出の責任者です。

 

契約のほうの責任者は所長なのですが、この方は私と毛色が違う「技官」でありながら、事務官への理解が高い方でした。

昔は「事務官」と「技官」の仲が悪いという定説がありました。

私たちの世代では無くなっている感覚でしたが、所長の世代だと相当いがみ合っていたようです。

しかし、そんな中でも公正な価値観を維持していた方でした。

 

ちなみに、この記事に書いた所長と同一人物です。

blog.dbmschool.net

 

所長は、私を鍛えた歴代上司たちの顔ぶれを見て「コイツは信用できるな」と思ってくれたらしく、お金の使い方については2,3の例外を除き一切口を出さない人だったので、事務所予算の大部分は私のさじ加減ひとつともいえる状況にありました。

 

私は、「ここにお金を使おう」と考えたら早速起案文書を作り、即時下りてくる決裁を元に実行段階に入り、完了後は速やかに小切手を振り出しては支払いをしていくという、今考えると大いに「毒にも薬にもなるヤツ」だった。

 

後に読んだ「坂の上の雲 六」で大活躍する明石元二郎の超々ミニチュア版みたいなものを、自分では連想しています。


新装版 坂の上の雲 (6) (文春文庫)

 

明石さんとは違い、所定の書類を作らないと支出できないのですが、自由度の高さが似ていました。

 

明石さんの任務は、ロシア革命の気運を上げる手助けをし、日露戦争を早期終結に向かわせる目的での諜報活動ですが、私がお金を使ううえで目指したのは「地方の小規模事業者繁栄」でした。

 

「行政の怠慢」とは、思いもよらぬ細部に潜んでいる

着任して最初の1年は、前任者との引継ぎにかなり甘い点があり、何が起こるかわからない状況の中で常に身構えるばかりで、お金を使う時の意義を考える余裕もなく、決まったものを大過なく処理することに忙殺されました。

 

今思えばこれは、行政官としては反省すべきことです。

 

せっかく地方拠点で高い自由度を持ったにもかかわらず、引継ぎの精度が低いせいで地元に貢献できないなんて、なんと非効率だったのだろうかという気持ちがあります。

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bBearさんによる写真ACからの写真

 

 私は民間に転身してからも、ときに過剰なほどに業務効率や、充分な余力の確保にこだわって周囲から浮くことがあるのですが、それはこういった経験がバックボーンになっている気がします。

 

未然に防げば大ごとにならないことを、起きるまでボーっと眺めていて、いざ発生して忙しがっているようでは「公僕」として失格であるという意識が抜けないのかもしれません。

 

この場合「不景気とは無縁な親方日の丸」として、人口も少なく、大型産業などない地域に存在していること自体に意味があるので、引継ぎ云々で地域貢献の幅を狭めるのは大きな損失といえたかもしれません。

 

国のお金は、活力を生む強力なアイテム

2年目にも大規模な法律の改正や、管轄内に新組織が2つ出来たりなどのビッグイベントが目白押しだったのですが、ようやく「地元の小規模事業者への想いとお金の回転」という歯車が合ってきました。

 

ネットが充実していない時代のことですから、電話帳で近辺の事業者を調べていって、これまで取引がなかったようなところにコンタクトを取り、信用できそうな相手なら積極的にお付き合いをしていきます。

 

それを繰り返すうちに、色んな方と知り合いになります。

「国の機関だから」とかしこまってしまう方が多いのですが、中には親しみを持って接してくれる事業者の方も出てきて、そういう人とのやり取りは楽しかった。

 

不意に訪問してくるや

「ヒマでヒマでしょうがなくて、今全員事務所で何やっていいかわからない状態なんですよ。なんか仕事ないですか?」

と、課長さん自らが、まるで友人に相談するかのような雰囲気で、しかし伝えるべき論点は明確に、ズバリと切り出してくる。

 

当時私が落ち着いて自分の席に座っていられることは少なかったので、こちらも無駄話はせず、瞬時に頭の中で近辺の施設や設備関連のちょっとしたニーズを引っ張り出して伝える。

 

即座に見積⇒発注⇒動員という流れになる。

私の力ではなく、国のお金の力であり、国のお金が生み出す地元事業者の活力です。

(そうか。国のお金っていうのは、こういう具合に使うのだなぁ)

 

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みんと。さんによる写真ACからの写真

 

“国家”への訴えがしやすく、決定も早いとなれば、必然的に事業者の行動も早くなる。

すると当然、結果も早く出る。

 

「結果が出る」とは「実績ができる」ということでもあり、仕事を受けた事業者としても、官庁との取引実績を積み重ねることで信用度も増し、その後の取引拡大や融資などの点で有利になるでしょう。

 

つまり、この一連によって、損をする人は居ないと思います。

私がお金を出し渋り、やたらと支出を抑えようと画策したりしない以上、関わった全員の利害が一致する。

 

「中小企業支援」というと抽象的な感じがしますが、

「実務の現場としてどう動くのが得策か」というレベルに落とし込み、そこから発想してみる。

そうすると、公的機関が立てるべき計画というのは根底から変わる気がするのですがいかがでしょうか?

 

随意契約は、小規模事業者を守るために使うならば一考の価値があると思った実体験

私が地域事業者にこの手の発注をするときに気を付けたのは『随意契約』にすることです。

 

何かと悪評の高い役所の随意契約ですが「地方の小規模事業者の繁栄」という目的から考えると、やたらと競争の原理を持ち込んだ場合、多くは人件費が犠牲になるでしょう。

 

大きな企業ならば、資本力やスケールメリットなどを利用できる“遊びの部分”が多いのに対し、地方の小規模事業者に対して同じモノサシをあてがうと、実態にそぐわないほど苛烈なものになることが多いと思う。

 

それから、入札にすると、たった一人しかいない事務官だった私の作業が到底回りきらなくなるため、実現性が乏しい。

地方の事務所は入札業務ばかりしていられるような、生易しいものではない。

そこを本省は甘く見ないでもらいたい、絶対に。

 

ゆえに、お願いする仕事は100万円以下の「少額随意契約」に相当するものとし、競争は行わないように務めました(徹底した、と言ってもよい)。

 

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きなこもちさんによる写真ACからの写真

 

ところで、見積をお願いする際によく口にしたのが

「商売になる金額を出して下さい」

という、ちょっと変なセリフです。

 

無理なダンピングをする必要は無いので、そちらの商売もしっかり成り立つような金額でやってほしい、という意味です。

 

これはやりすぎると戦時中の統制経済みたいな「原価がいくらかかっても、売値はその1.2倍にしてよい」みたいな混乱を招くので要注意ですが、それを防ぐために同業他社とのお付き合いを持ち、それをチラチラ見せながら、適正価格のラインは守るよう、それとなく牽制します。

 

狭い地域ですから、あまり妙なことをすればすぐに広まってしまうこともありますし、私が接触した方々は純朴で気さくなタイプが多かったためか、常識を外れるような見積もりはされたことがありません。

 

公の立場の人こそ『公私混同』を極めたほうが良いと思う理由

あまり良い印象のない「随意契約」なのですが、上記のように、考えようによってはこれで地方の小規模事業者の助力になれる、という実感を得られました。

 

ひっそりと地元を相手に商売してるようなところが多かったわけで、一様に厳しい競争の原則を持ち込むことには密かに反対の意見を持っていました。

 

そこで問題になるのは「随意契約がどうのこうの」ではなく、事業者と役人の関係性において、必要最低限の距離を保つことだったように思えます。

 

私は、大久保利通のことを知っていくうちに、国会議員や公務員は、この姿を目指すべきものとして資格や試験や評価があると良いのになと思うようになりました。

 


日本史上最高の英雄 大久保利通

 

もっとも、私が思うに利通さんには『倫理観』といったようなものはなく、完全に公私混同でモノを考えていたようにしか思えません。

 

最高の権力を手中にし、国家をどうにでも操れるほどだった利通さんは、ときに横車を押すような政治姿勢を取り、周囲の反対をものともせずに思い切った内政外交を展開しており、昨今の「倫理規定」などというちっぽけな制御には全くの無縁です。

 

司馬遼太郎さんの言い回しを引用すると

「自己と国家を同一視」

したような仕事ぶりを見せた利通さんは、死後さぞかし資産を残しただろうと当時の人が調べてみると、逆に私財を投じ続けていたため借金だらけだったといいます。

 

「世話をしてやったからリベートを受け取る」なんてのは、大久保利通レベルの ”公私混同” にはあり得ないことで、国家を立たせていく目的の前では、地位も権力もお金も、そして自身の才や生活すらも「国家運営の用具」に過ぎなかったようです。

 

一般市民がここまで考える必要はありませんが、少なくとも「国政に携わりたい」と願うレベルの人の条件には、入っていてもよさそうな感覚かもしれません。

 

国のお金の使い方について注目が集まり、憤りや避難が集中しているのは、「倫理」みたいなレベルのモノサシが通用してしまう仕事ぶりが、スタンダードになってしまっているのではないかと思い、まさに「歴史に学べ」といったところでしょうか。