【感情会計】善意と悪意のバランスシート

財務諸表から逆算で人心を読むテクニック

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お嫁さんの抑圧と子供の抑圧を、職場で感じ取る

二十歳の頃に同じ職場にいた、ひと回りぐらい年上の女性がいました。

愛嬌いっぱいの名物お母さん的な方で、休みの日に出勤するときには小さな子供たちと一緒に現れ、お母さんしながら仕事もしていました。

 

ときどき私のことも子供とごっちゃになるらしく、仕事上の注意とはちょっと趣の違う物言いをされることもあり、人間味を強く感じさせるやり取りもよくありました。

 

私にとって初めての職場が、特に家庭味を帯びて感じられる要因のひとつは、明らかにこの方にあります。


とにかく公私にわたって話も合い、ずいぶん遠慮なく物を言い合える関係でした。

 

明るい名物お母さんが脅える影

この方は、姑さんとの関係でいつも抑圧されていて、働きに出ることにたいしてもチクチクと文句を言われ、常にビクビクしていました。

 

その反動なのでしょうが、他人の言動に対し過度ではないかな? と思える特徴がありました。

 

「人を悪く言っちゃいけないよ」

 

これだけ聞くと、過度も何も、至極まともなことです。


他者を認めず、引き下げるような行為は決して美しいものではない。
人を悪く言う人は、美しくないことをしている。
美しくない行為を繰り返していると、いつしかその人自身が他人から悪い印象を持たれてしまう。

 

だから「人を悪く言っちゃいけないよ」と子供に諭していたのでしょう。
そして、ついでに子供みたいにあか抜けない私にも、同じように諭していたのでしょう。

 

字面ではなく、口にする瞬間の空気感で伝わってしまうこと

人を悪く言うことが良くないのはわかるのですが、私が明らかに違和感をおぼえたのは「人を悪く言っちゃいけないよ」という反応速度です。


脳に信号が伝わってからの反応ではなく、熱いやかんに触った時の脊髄反射のような速さで否定してきます。

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FineGraphicsさんによる写真ACからの写真

 

話している私(子供?)の気持ちを受け止める前に、字面に反応して発作的に抑えつけるような不自然さが、私には気になったのです。

 

当時はまだカウンセリング心理学などに全く縁がなく、人の心の動きを分析的に捉えることはできなかったのですが「抑圧」という言葉についての理解が深まるにつれ、パズルが埋まるようにこの時の違和感が理論化していきました。

 

水と抑圧は低いほうへ流れる

抑圧は、自我を脅かす存在をシャットアウトしてしまうことだといいます。


実際にはそれを受け入れてコントロールする能力があっても、恐怖ゆえに目を背けるから実行ができない。

 

怖い対象に黒布をかぶせて外形の輪郭だけを怖々と触りつつ、他人には何でもない風を装っている姿は、なんとも滑稽で笑いを誘うかもしれません。


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ただし、その人にとっての弱者(たとえば母に対する子供)の目から見ると、そんな強者の姿が、今度はその子の自我を脅かすものだったりします。

 

お母さんが弱っている(ことを感じ取ってはいけない。なぜなら隠そうとしているから)

 

抑圧の特徴かもしれませんが、ありのままの事象よりも、忖度するセンテンスのほうが、長い。

 

子供だとそのすべてを文章化できないことも多いですが、長い忖度センテンスを生み出す感受性がそれを補います。

 

そして、年齢にそぐわないほど大人びたり、好きなことを発見したり打ち込んだりするエネルギーを失ってしまうほど、激しく消耗します。

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acworksさんによる写真ACからの写真


強者が自分を縛っている抑圧は、弱者に別の抑圧を引き起こさせる。
そこで行われるコミュニケーションにいびつさが生じるのも当然でしょう。

 

彼女自身が姑さんに対し、轟轟たる気持ちを口にしてしまうことを恐れる思いと、思う存分口にしたい衝動が、子供の発言に対する激しい反応となっていたことは否めません。

 

「人を悪く言っちゃいけないよ」というごく普通の諭し言葉から、私が感じ取った違和感は、このいびつなコミュニケーションだったのです。

 

家庭に仕事を持ち込まず、職場に家庭を持ち込まないコントロールは、『抑圧』には通用しないと考えたほうがよい

 

一見仕事熱心で気さくな人が、思わぬ影を背負い、上の立場からは見えないが、弱者に向けた圧迫を加えていることもあるので、リーダーは自分への人当たりだけでその人を判断してはいけないのです。