前回、現在修士課程1年生のコジさんの記事をきっかけに、私が研究所勤務だった頃を思い出して、私も記事を書きました。
ただし、当時の所長だった市川惇信先生の話に終始してしまったので、もう少し身近だった研究者たちのことを書き加えたいと思います。
そのテーマは、予算獲れるのか?
「じゃあ、ひとり一人、自分の研究テーマと予算額を申告!」
野球グラウンドで、ノッカーがバット片手に、グローブを構えた選手に号令をかけます。
各自、今回の予算示達で、自分が取り組む研究テーマに、いくらつけてもらえたかを、ノッカー役の研究員に叫んでから球を受けることになるのです。
「テーマ〇〇、予算は✖✖万円」
「この野郎!」
ノッカーをグンと上回る金額を口にした選手には、強めの打球が容赦なく飛ぶ。
予算示達後の練習では、こんな光景が見られました。
もちろん冗談で、みんな笑いながら和気あいあいな雰囲気です。
研究予算とは縁がない事務職の私も、笑いながらノックに参加します。
テーマは別でもサイフは一緒
野球部のメンバーのほとんどは所属部署が違い、研究棟の場所も、研究内容も異なっています。
基礎研究の部でコツコツやっている人もいれば、プロジェクトチームの人もいて、基本的に互いの干渉はあまりありません。
だから、手柄を競うような競争はなかったようですが、研究所全体の予算額には限度があるため、それは獲り合わなければなりません。
予算の規模が活動の幅を左右してしまうのは、個人でも組織でも同じことです。
研究者だからといって、あまり研究にばかり熱中していると、その研究自体がよほどの力を持つテーマでないかぎり、予算獲得力は弱まってしまう。
予算獲得のプレゼン力や、人間関係の作り方も重要になってくるわけです。
たとえば、プレゼン能力に長けた人がいて、その人が自分でプレゼンするならアドリブも利かせ放題。居並ぶ幹部を前に、どんなシビアな局面になっても適当に切り抜けられるでしょうが、上司がその役目を負う場合は「他人にさせて成功するプレゼン力」が必要になってきます。
予算がとりやすいテーマは競争が激しくなりがち、
独自路線は競技人口が少ないが理解者も少なく、予算がとりづらい
これは研究以外の分野でも同じことですが、専門性が高いということは、それをストレートに理解できる人物が少ないことでもあります。
つまり、予算やインフラ獲得を組織に訴える際の難易度が高くなりがちです。
主張したことが関係者や上層部に伝わるときにも、ほぼ確実に伝言ゲームで見当違いなものになっていくことが多く、せっかくの価値が悲しいくらいショボいものとして扱われ、結果として却下されることがあります。
成果イメージを持たせられないコンセプトには、財布のひもは固くなるのです。
ちなみに、マーケティングで製品やサービスのネーミングが重視されるのは、最初の印象でエンドユーザーに成果イメージを抱かせ、購買へ近づけるのに効果があるからです。
「良いものだから、説明すれば買ってくれる」という理屈が通じないことを前提としたテクニックだと思います。
無理解な連中に対するアピール力
「自分は営業職じゃないから、セールスとかマーケティングとは無縁だ。とにかく良いものをクリエイトすれば、世間は受け入れてくれる」
純粋な研究者やクリエイターほど、けがれなき心でこのような希望的観測を持つ者ですが、現実には「良いものだから、受け入れる」という文脈は成立しません。
確かにそれが形になって世の中に提示されれば、当初の美しい野望は実現するかもしれない。
だが、事態をそこまで持っていくために、組織の力が必要な場合、皆の力を借りなければなりません。
となると、最初に「組織内部に向けたマーケティングやセールス」が必須になってくる。
別の仕事を担当している職員にとっては、他人から持ち込まれたコンセプトよりも自分の職務のほうがよほど大事なわけなので、そこを説得して力を借りるための実力が要る。
高尚なだけでは、尊敬されない。
理屈が通っているだけでは、他人は納得しない。
価値があるだけでは、認めてもらえない。
ここで必要なのは
『価値が高いことを伝える能力』と『他人にその能力を持たせる能力』
ということになります。