前の記事で、職場で実施されるアサーション(自己表現)トレーニングの基本的な考えは「スキルアップ」であって、あなたの性格を直して悩みから解放する目的じゃないから、自分に適さない場合は拒否も辞さないことも一つの手だといったことを述べました。
上の記事の中では、アサーショントレーニングでゲシュタルト療法の「エンプティ・チェア技法」を使う場合があり得ると書きましたが、通常は「アイ(I)メッセージ」の説明が行われ、基本はそれに沿った形で進むはずです。
アイメッセージをガチガチに規定しないほうが良い
私は日本メンタルヘルス協会でカウンセリング心理学を教わった頃(20年以上前ですが)、最も惹きつけられたのがこの「アイメッセージ」です。
カリキュラム的には初級の第2回目の講義でしたので、まだまだその先に教わることがたくさんあったのですが、上級までを受講した段階で
「アイメッセージまで持ち込めれば、たいていの問題は何とかなる」
という結論に達しました。
むろん、「たいていの問題」というのは私の生活における問題点です。
カウンセリング全般がアイメッセージで片が付くという意味ではありません。
ただ、論理療法とか行動療法などの様々な理論技法というのは、最終的にアイメッセージのところまで持ち込むための手段であるという考え方に至ったというのが、私なりの学びになりました。
ということは、逆に考えれば「アイメッセージでの交流に持ち込む」というプロセスがそれだけ難しく感じていたことがうかがえます。
『質問』は「ユー(YOU)メッセージ」と決めつける前に
さて、そんなことを踏まえ、「職場で、上司としてアサーションする」という問題にアプローチしてみます。
こんなシーンを想像してみてください。
あなたが資料に没頭していると、少し離れた場所で言い争いの声が聞こえてくる。
どうやらあなたのチームメンバーがふたり、大いにもめている。
加勢する別のメンバーもいて、どちらも譲る様子がありません。
さて、あなたはどうするか?
アサーショントレーニングでは、こういったシチュエーションでの立ち回りがカリキュラムに組まれることはないでしょう。
先ほどもふれたように、アサーションで課されるのはアイメッセージをベースとした、「自分の意思や感情を、相手に伝えるため」のエクササイズがほとんどのはずです。
アイメッセージでは「どうして君は○○なのか?」といった質問を行いません。
それはアイメッセージと正反対の「YOU(ユー)メッセージ」です。
ユーメッセージで話しかけた場合、“私が今感じている状態”を伝達する文脈にならないからです。
丁々発止の業務現場で、教科書どおりの展開など無い
しかし、業務現場で試されるのは、上記シーンのような状況に踏み込んで問題を解決したり、指針を与えて部下を指導する際の腕前であることがほとんどでしょう。
「ならばここはユーメッセージの出番であって、自己を表現する場面ではないのではないか? だからここではアサーションを適用するのは筋が違う」
そうでしょうか?
自分の部下たちが、業務時間中に膝を付き合わせ、真剣な(尖った)表情で議論している場合、仕事のうえで意見が食い違っていると見て間違いない。
(何が起きてるのか、知りたいな)
まず、そう思わなければ、部下の目線でものを見ることは難しい。
思えなければ、無理にでも思ってみることが大切です。
動機は何でも良い。
・リーダシップ発揮のため
・好奇心
・保身(関わり合いを避けるため)
とにかく「知りたい」という気持ちを抱き、その気持ちをどんなふうに表し、部下たちに接していくのか?
こういうのも自己表現のひとつだと思います。
また、言い争っている部下たちの誰かが(あるいは全員が)、上司であるあなたの介入を望んでいる可能性がある。
つまり、部下の側から、あなたの「知りたい」という意思表示を望んでいるかもしれません。
すくなくとも、上司のあなたは無関係なポジションではないはずですから。
メールが効果的な場合と真逆になる場合
言うまでもないと思いますが、この状況下において、部下にメールで「どうした?」と質問するのは論外です。
今は目の前の相手と揉めている最中。
あなたからこっそり届いたメールに、部下がすぐ気づく保証はありません。
揉め事が片付いてから2時間ぐらい経ったころ、あなたの「どうした?」メールに部下が気づいたとしたら、こんなに無様なことはないでしょう。
ずっと視界内にいて、声も届いていたはずなのに、メール1本送ったきりで何の反応も示さないようでは、「使えないなこの上司」と思われる危険性が高い。
他のメンバーや関係者に、あなたの送った間の抜けたメールが拡散されるかもしれない。
一応あなたに返信が来たとしても、BCCに何人ものアドレスがセットされているかもしれない。
どちらにせよさらしものになるリスクが大きすぎます。
目の前でリアルタイムに起きている部下の揉め事に、メールを送って有効な状況というのは、たとえば助け舟を送りつつアイコンタクトなどでそれを知らせるなど、全く違う前提に基づく場合です。
そうではなく、単に部下がもめているなら、事態を把握するためにはまず、わかり易くあなたの質問の意図が伝わらなければならないはずです。
まずは、話す言葉で伝えなければならない状況ということですね。
次回、具体的な言葉かけのパターンについてふれてみます。