【感情会計】善意と悪意のバランスシート

財務諸表から逆算で人心を読むテクニック

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【エゴグラム】叱れずに悩む「良い子上司」の思いやり度と冷静さを見破れ!

こんにちは

感情会計~Emotional accounting(エモアカ)の四緑文鳥です。

前の記事でエゴグラムの時間的な解釈について書きました。

 

「50の設問に答える心理テスト『エゴグラム』の結果を左右するのは、あなたの今現在の大人度である」ということで、「CPが高くて規範的な私」とか「FCが低くて制御の利いた私」といった表層的な読み取り方だけではないエゴグラムが持つ時間軸の使い方について述べました。

 

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上の記事ではエゴグラム自体の説明みたいな内容になってしまったので、今回は少しだけビジネス現場に踏み込んでいきたいと思います。

 

 

“今”に立脚しない上司が上手に指導できない理由

 

エゴグラムの設問はリアルタイムに答えることを促しますが、設問文を読んだあなたはおそらく無意識に任意の時間軸を飛び回り、「記憶」と「想像」の自分を当てはめて○や×を決定しているはずです。

 

ちなみにエゴグラムの設問は余計なストーリー性を含まないのが特徴で、点を打ったような一文のみの質問形式です。

 

それゆえに回答者は、現在過去未来を通じ最もイメージしやすい自分の姿を取り出し、答えを吟味できます。

 

その中で、過去の事実を基に記憶や体験を駆使できる設問が多いのと、出会ったことがない局面のため想像力をフル活用しなければならない設問が多いのとでは、全体的なテスト結果は大いに違ってきます。

 

 

アンガ―マネジメントが必要なのは厳しい上司(CP)ではなく未成熟な上司(FC)である理由

 

前回も書きましたが、私の場合、若き日の自分と現在の自分では、同じ問いに対する答えが変わりました。

 

当時ならほぼ反射的に「〇」をつけたCP(支配性、厳格な親)加点に相当する設問に、今なら「△」か「×」を付けるといったように、齢を取って社会経験が増えるほどP(親性)の点数は減少し、C(子性)加点の設問には素直に「〇」を付けられる傾向が見られます。

 

「~であるべき(自分はいつでもこのようであろうと思う)」

と考えていたのが

 

「〇〇の時には××なことがあって、それはこうすれば判別がつくので最初にそれをしたうえで決断する」

という具合に、オプションを幾つも持ち、どれが来ても対応できるぐらいに練れてくると、単純なCP加点の問題に「〇」を付けるのがどうもしっくり来なくなります。

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以前、アンガ―マネジメントを「叱れないで悩む人」が受けても効果が無いと書きました。

これは、叱れずに悩む人は感情の抑制が強すぎる場合が多いので、昂ぶってしまう感情の抑え方を説くアンガ―マネジメントの適用対象ではないためです。

 

「つい厳しく叱責してしまう」という現象は、表面的に見れば明らかに「CP」の文脈ではありますが、実はアンガ―マネジメントが最も効果を発するのはCPが高い人でなく、むしろFCが高いのに自分が「CPが高い」と勘違いしている人だと思います。

 

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良い子であろうとする子供(AC)より、子供を逸脱する子供(NP)のほうが良い子である理由

 

上の例とは逆に

「全体の調和に配慮して自分を抑えることが多い」

といった感じの設問に安堵感や親和性を感じて「〇」を付けるタイプ(高AC)の人がいます。

これには実年齢は関係ありません。

 

この場合

「自分一人で出来ることより、皆で出せる成果のほうが社会貢献に役立つと思えるくらい、自分は成長したぞ」

などという気持ちで「〇」を付けていたのが、時間や経験値と共に成熟度が増してくると、感じ方が変わってきます。

 

仲間や組織に対する自分自身の力を感知し、信じられるようになると、単に「良い子」であることによる貢献度が、いかにちっぽけなものであるかが理解できるようになってきます。

 

頼りにならない土台ならば、それが壊れないように気を病むのではなく、壊して作り直せば多くの人が助かると考えられるようになります。

 

「最も弱い者を使い捨てる事なかれ主義の組織に、社会貢献などできない」

という具合に、自分を抑えた挙句リタイアするような仲間を生まない組織にしようと、AC加点の設問に未来志向で向き合うため「×」を付けるようになります(完全にNP的な発想です)。

 

エゴグラムに潜む自己否定度や無力感を読み取れるか?

 

設問に対する〇×よりも、認めたくない自分に「×」を付ける。

こうでありたいという理想の自分に「〇」を付ける。

 

このような答え方をしていると、その人のエゴグラムの全体的な傾向は『自己否定』や『無力感』になります。

 

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自分を向上させるモチベーションとして「今の自分を認めない」というのは建設的なことかもしれません。

しかし、自分の力が信じられないとか、自分を否定する気持ちがそのまま表れているようならこれは問題があります。

 

そんな問題ありの回答の場合でも「A(アダルト、冷静な私)」はさほどの影響を受けないはずなので、波間に浮いた岩のように回答者の自我が確認できるのですが、時にはこの「A」の配点が低い人もいます。

 

回答者が「自己否定型+低A」だった場合、そういう部下との交流には他の部下たちとは差異を設ける必要があります。

また、そういう部下を持った上司に対し、当たり前の生産性を要求してよいかという問題が浮き彫りになると思います。

 

もっと問題なのは、「自己否定型+低A」の人を、単に年次が上がったとか特定の業績ゆえに部下を持たせてしまった場合でしょう。

 

職場で実施されるエゴグラムに潜む欺瞞

 

学校や職場で実施されるエゴグラムを読み解いていく場合、上記のようなコミュニケーション難易度の高い関係性を見抜くことも重要ですが、そういった事情が無くともオフィシャルな場で行われるエゴグラムでは、一定の傾向があります。

 

学校や職場においては、どうしても「なりたい自分」「人からこう思われたい自分」というバイアスがかかりやすくなるはずなので、CPとNPの値は多少差し引いて受け止めるとバランスが良いように思います。

 

どう見ても「都合よく扱われるタイプ(AC)」なのに、本人は「世話好きで面倒見が良い(NP)」を主張するケースなどはよく見られます。

こういう場合、ACも連動して配点が高くなりそうなものですが、そうでない人もいます。

 

「なりたい自分」になるために背伸びして高い配点をねらう答え方と同時に「こうはなりたくない自分」を避けるために、その意図を感じさせる設問には本心を隠して「×」を付けるとこうなります。

 

特に、ある程度エゴグラムの知識を持っている人の場合、「自分の感情を抑制する弱い性格であることを受け入れたくない」という気持ちの表れで、意図的にAC的設問にネガティブな答えを付けていることも考えられます。

 

現実把握に抵抗を示していることになるので、Aの値がどのくらいなのかに注意し、過去や未来の幻想に振り回されていないかどうかを確かめてみたいところです。