こんにちは。感情会計エモアカの四緑文鳥です。
ここ数回、人との関係で無意味にマウントを取りたがる【マウント屋】のことを書いています。
今回は「なぜ彼らが身近な人にしか影響を及ぼせないのか?」のメカニズムについて触れてみます。
1対1の光景しか描けない人間が、組織内で活躍できるか?
自分の目に映るだけの狭い範囲
しかし、目の前に広がっている現実
そここそが【マウント屋】にとってのリアル世界です。
ある意味、そこさえ自分の思いどおりになっていればよい。
たとえ勤めている会社の業績が危機に瀕しようが、国の行政に大問題が起ころうが、彼らにとってはそちらがバーチャル世界なので気にしません。
そこまで認識が偏っているがために、狭い範囲に過剰なほどのエネルギーを費やし、本来は仲間であるはずの人たちを押さえ込む特別なフィールドを築きたがる。
利用者とのつながりを失ったら【マウント屋】の寿命も尽きる
製造業、サービス業、士業から農業、漁業など、およそ事業というもののすべてが、何らかの形で利用者とのつながりの中で存続しています。
サービス提供を通じた他者とのつながりが無くなるのは、廃業した時くらいでしょう。
そういう性質を持つ組織で働く者として、他者の存在を一切気に掛けなくてよい人は極めてレアなはずです。
「管理部門は後方にいるから、接客現場とは違う!」
それはそうなのですが、”後方支援”というのは本来、現場への深い理解が不可欠です。
もちろんステレオタイプの理想論や、浅薄な思い込み思いつきは論外ですが、「自分だけはそんな低レベルじゃない」と思い込んでいる人がやたらと多い(ため息が出るほど居た)。
管理部門自体が営業に対して【マウント屋】だったりもする
管理部門のメンバーは、第一線に立っていないからこそ岡目八目で物事が見えるわけで、そのポジションならではの気軽さや緩みに溺れているようでは話になりません。
営業部のアラばかり探したり、劣っている部分をあげつらって優越感に浸っているようなら、ずいぶんレベルの低い、使えない管理部門だなと、管理部門経験の長い私は考える。
結局、お金を握っているところが一番強くなってしまうというのは、役人でも民間でも同じなんですよね。
ただ、一定以上の地位にいる人に対してはあえて言いたくなることがあります。
現場ではできない、管理部門ならではの特殊性を発揮して、前線が仕事しやすいような付加価値を考えつかないベテランは、今まで一体何をやって来たのか?と。
そのベテランも昔同じような仕打ちを受けながら育ってきたのかもしれません。
しかし、立場が上がり待遇も上がるのは、それなりの働きへの期待があるからです。
時代と共に企業を取り巻く状況は変わっているので、今の価値観で業務を構成することが、会社からも部下からも要求されるようになります。
そのためにまず陋習の打破は必須になってきます。
刹那的、近視眼的なのが【マウント屋】
常に自分を相対的な上位に置く必要がある【マウント屋】にとっては、手近な目の前の一人を凹まし続けなければならない。
普段近くにいる同じ職場の面々に対して、その証明をしなくては自分の存在感を示せないし、自身のアイデンティティも保てない。
そこで、時々やってくる接客担当が、管理部門の業務を知らないのをいいことにやってしまうのがこんな光景です。
事業の維持や発展など知ったことじゃなく、助けを求めて質問や相談をしてくる目の前の人間にビーンボールを投げつける。
自社に稼ぎをもたらす前線のスタッフは、目の前の顧客の更にその先に居る相手のことを考えて対応したい。
そんなスタッフに対し、当然のようにこんなことをやらかして追い詰める姿を、同じ管理部門のメンバーは目を背けて耳を閉じ、心を殺してやり過ごす。
生産性への打撃はいかばかりだろうか?