こんにちは。感情会計エモアカの四緑文鳥です。
やたらと人のマウントを取る輩のことを書き続けていますが、ちょっと趣向を変えて、弱いタイプの上司のことを書いてみます。
だれも教えてくれない「ダメ上司」のパターン
上司が自己表現を伴わず・・つまり自分の人間性をさらし出さず、表層的な人間関係だけで部下を指導することが可能でしょうか?
教科書(マニュアル)さえあれば可能か?
そうではないと思います。
逃げ腰で教科書を読み上げる上司の指導だけで成長できてしまう部下には、はっきり言ってそんな上司は不要です。
充分に自力で伸びていけます。
どうせ教科書を読むなら、冴えない上司が読み上げるのに付き合わされるより、むしろ自分で読んだ方が独創性が養われるからです。
朗読は教育じゃない
書かれたものを読み上げるだけの無機質な教育者に、教育者としてのカリスマ性はないと思います。
部下に対し、教育者としての価値を持たない上司の多くは、部下の記憶に残らないでしょう。
あえて極論を言えば、それならまだパワハラ上司のほうが、時が経っても部下の記憶に残り、反面教師として役に立つことと思われます。
ダメ文脈の典型
「課長の仕事は、課長になってから覚えればよい」
これは、ダメサラリーマンの代表的な思考ですが、自己表現もこれに似たところがあります。
部下に接する時の呼吸は、いざ上の立場になってから身に付けようとしても一朝一夕には為し難いので、出来れば早めに身に付けたほうが良いことは確かです。
しかし、『自己表現ができないマニュアル棒読み上司はダメ』ということは、意外に気づきにくいのです。
理由は「課長の仕事を課長になってから覚るのはダメだよ」と、わかり易くダメ認定されないからです。
マニュアルは疑うためにある
便利なはずのマニュアルというものには、ある恐ろしさが潜んでいます。
「マニュアル」という言葉は、日常的によく使われますが曖昧に使用されることが多い。
ただし、曖昧でありながらも、さも当たり前のように使われる言葉でもあります。
「戦略と戦術の違い」みたいに、厳密な意味を理解して使っている人は少ないはずで、たいていはTPOに合わせて意味を使いまわし、会話を成立させていると思います。
力を持った人間に都合の良い形で「マニュアル」は存在する
「マニュアル」と発したときに、誰の頭にも「これしかない」という唯一絶対の扱われ方をしている職場には、今のところ出会ったことがありません。
ウチの職場で「マニュアル」といったら、特定のキャビネット内の決まった段に収まっている1冊のファイル以外には、物質的にも概念的にも存在せず、一切の例外はない。
ウチの「マニュアル」というのはデスクトップのショートカットから起動する読み取り専用ファイルのことで、それ以外のものを「マニュアル」と言ってはいけない。
そしてそれぞれ「すべての業務はマニュアルに沿って上から順番に進めれば、あなたの仕事は完遂する」と……。
人間性を発揮しつつ部下を育てるのが苦手という人が、そんなマニュアルを作ろうと目指す気持ちはわからないでもない。
非正規でもできるように作られたマニュアルは、その仕事自体が無くなるリスクをはらんでいる
今、我が社が調達しようとしている人員は皆、非正規労働者だという職場が多いと思います。
そして、契約期間は決まっていて更新の可能性は保証されていない。
となれば、あまり複雑な業務をさせて、モチベーションを下げてしまうと嫌気がさして退職、なんてことも・・。
またもや「人手が足らない」ということになるリスクがある。
もしも複雑な業務を受け入れてくれたとしても、それは “長く働ける” というスタッフの期待があるだろう。でもそれに応えられないのだ。
それに、教育するのは大変だ。せっかく育てて戦力になっても、どうせいなくなるなら無駄骨だ。
「採用から教育」の徒労感がハンパないですが、はっきり言って『教育制度の整っていない会社に従業員は居つかない』。
育てなくて済むマニュアルが欲しい = 「部下を育てられるリーダー」が育たない
よく、『部隊が強くてもリーダーが弱いと戦闘には勝てない』と言いますが、これはある意味、終身雇用が当たり前だった時代の論理ではないでしょうか。
むろん、現代でもこの法則は生きていますが、もう1文追加する必要があると思うのです。
『兵士の採用と教育の制度が弱いと、リーダーまで弱くなってしまう』
「安かろう悪かろう」「安物買いの銭失い」の実態を最も知ることになるのは経営者より部隊長であり、彼らにかかる負担は終身雇用崩壊後、否応なしに増しているのではないでしょうか。
ことに、ある程度以上の規模になった企業で、オーナーシップを持たない管理職というのは特につらい立場に立たされます。
そういった【弱い管理職】が増えているところで、この弱体化が顕著な気がします。
しっかり育てなくて済むスタッフにさせるような仕事なら、機械に取って代わられる
リーダーもメンバーも弱くなった組織では、より強くマニュアルが求められるようになりがちですが、そこで理想とされるマニュアルはもはや「誰がやってもできるレベル」。
かなり危険水域に入っています。雇われ側として・・
「誰がやってもできるレベルのマニュアルが作れてしまう」ほど仕事自体が単純化されている場合、たしかに理想のマニュアルは出来上がるでしょうが、そもそもそんな仕事だったら高い人件費をかけ続けて運営する必要はありません。
機械にさせればよいのです。
安易に「優れたマニュアルを作ろう」と考え、ひたすら仕事が機械的に進む状況を作ろうとするのは、結局自分たちの首を絞めかねません。
だいたい、マニュアルを作ることが主目的になっては、本当に良いマニュアルは作れないと思います。
実務の掘り起こしが不十分なうちに「誰がやっても上手くいくマニュアル」なんてものは、まず出来ることがありません。