【感情会計】善意と悪意のバランスシート

善と悪の差し引き感情=幸福度

世相さん9(被害者には借金させろとのたまう加害者<政府行政>)

私のブログではすでに何回も取り上げているYouTubeの「世相のうっぷん晴らしチャンネル」

 

切れ味の鋭さゆえに、かえってうっぷんが晴れないと定評のある論調は健在です。

 

この動画で伝えていることの主旨は「困窮する子育て世帯への5万円給付について」ですが、その裏側にある「それ以外の困窮者については救わない」ということにもスポットが当てられています

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 来春から返済が始まる総合支援資金

困窮する子育て世帯に対する貸付けを、例によって政府お得意の”住民税非課税世帯”というくくりで免除するというくだりがあります 

 

私は以前の記事でも書いたように、年収が160万円程度に落ち込んだことがあります。

 

そこへ追い打ちをかけるように、国民健康保険の未納分が2~30万円発生した。

 

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到底払えるような現実的な数字でなかったため、非常に長期にわたる分割となり、その期間だけ暮らしにダメージを受け続けた経験があります。

 

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納付書を分割してもらう際、1枚あたりをあまり小さな額にしようとすると、区役所の窓口の担当者によっては露骨に嫌な顔をされるなどの対応を受けました。

苦い思い出です。

 

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 的確な「弱者のいじめ方」

ちなみに、単身の給与収入160万円は、とうてい住民税非課税世帯にはなり得ません。

 

充分に苦しいのだけれど。。

 

そもそも、都市部で暮らしていて住民税非課税になるような収入だとしたら、まず生活は成り立たない。

 

つまり、

①困窮している状態の所に借金を負わされること

②政府が困窮者と認定する「住民税が非課税になるような状態」で生きていくこと

 

これらのことが、どれだけ非現実的な「健康で文化的な最低限度の生活」であることか...

 

総理大臣の発言内容が、理想論を振りかざして弱者をいじめ抜く非道な行為に見えて仕方がない。

 

実際に困窮した経験のある者として、そんな印象を受けます。

 

「胃の中が空っぽなのに強い吐き気」を経済的にこしらえる施策

総合支援資金の返済に直面する方々の中で、政府が何とかの一つ覚えみたいに繰り返す”住民税非課税世帯”・・・じゃない人たち

 

これは、単に低収入という人だけが該当ではありません。

 

そこそこの収入がある人でも、介護が必要な親族がいたり、持病を抱えて医療費や何らかのケアにお金がかかる人などは、間違っても「暮らしが楽」とは言えない。

 

そんな庶民が総合支援資金の返済に苦しむ場合、どんな救済措置を与えるのか ?

 

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胃の中に何もない状態で吐き気だけが激しいととても苦しいということは多くの人が知っていると思います。

 

政府の施策によって、『経済的に』それが起きてくる

 

「通帳や財布はずっと空っぽなのに、その状態で出すこと(返すこと)が」心理的にのしかかってくる状態を作っています。

 

棄民政策用の貸し付けではないかと疑ってしまう

支援資金を借り、なんとか首をくくらずに済んだ程度に過ぎない生活苦のさなか、頼りにしていた政府が「さあカネを返せ」と圧をかけてくる状況に至る。

 

「おまえはあの尊き『住民税非課税世帯のお方』ではないな? それなら容赦はならぬ。お前には人権など無いと思え!」

 

実質これでは死を選ぶ人も出てくるでしょうし、そこまではいかないにせよ、二度と再び立ち上がって人生に対しファイティングポーズをとれなくなる人もいるでしょう。

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また、追い詰められたことをきっかけに、他者から金品を奪ったり、騙し取ったりする人間が出てきたっておかしくない。

 

これでは、政府による棄民政策と言って差し支え無いと思う。

 

死人か廃人、または犯罪者を作るためにいくばくかの金を渡したようなものに思えてならない。

 

政府お墨付きの覚せい剤?

 

一度手を出すと人生を壊してしまうので「総合支援資金やめますか? 人間やめますか?」などという図式が成立しかねない。

 

昨年以来、国民から指弾を浴び続けた数々の愚策は、弱者をあぶり出すための仕掛けだったなんてオチはないよな?

 

借りるときに返済をイメージするのは難しい。
貸す側(政府)は、そこまでを配慮するのが職能

困窮者側の心理に立って言わせてもらうならば、本当に生活に困ると返す時のことを考える余裕はない

 

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とにかく目の前に提示された現金を掴まなければ死んでしまう、というほど追い込まれるわけだから、平常時の思考ではないでしょう。

 

完全に政府はその時の心理に対する想像力と思いやりが欠落している。

 

だから「困窮者は金を借りろ」などという考えに至り、実質の棄民政策を安易に制度化してしまう。

 

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「制度化が安易」などと言うと反発を受けるかもしれないが、ここで言う『安易』とは他者の感情・ 心理に対する想像力の甘さ人を思いやる能力が行使された印象がまったく感じられないことを指している。

 

「感情だの思いやる想像力だの、そんな抽象論で動けるか! 政治や行政とは具体的なものだ!」

 

政治家や官僚はそう言うかもしれないが、その考え自体が破たんしている。

 

政治家と官僚の職能と存在意義を、政治家と官僚は知らないようだ

そもそも政治家は庶民の暮らしを成り立たせるために立候補したはず。

 

その期待を庶民に持たせたことで、庶民から票を頂いて議員になれたわけでしょう。

 

願いがかなって特権階級に立ったときの在り様として、こんな乱暴な施策を押し進めようとするなどは絶対にあり得ない。

 

居るんだか居ないんだかわからない自民党の若手議員を始め、一向に声を上げないで傍観している議員たちも、当然同罪と言えます

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同じように官僚も「全体の奉仕者になります」などと格好のよろしいことを言って特権階級になっている。

 

こういった状況下における一般民間人、わけても困窮者の姿ぐらいまともに想像できないなら、勉強がいくらできても人としての価値はない。

 

この局面で困っている人たちを救えないなら、勉強頭とは結局「学校や試験の成績だけが良いただのバカ」を証明しているにすぎない。

 

 下支えとは「下がお前らを支えること」じゃない。「お前らが庶民を支えること」だ!

  

どこかの財務大臣は「下支えはしている」なんてうそぶいているが、その下支えがうまくいってないから倒産件数、解雇、雇い止め、失業者、路上生活者、自殺者が増加し続けていると思います

 

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下支えすらうまくいっていないのに、庶民の生活の底上げなどがなされるはずもない。

 

つまり、困窮者がその後借金を返せるほどの状態を、政府は作れていない

 

そんな実力が、政府首脳や官僚たちには無いからだとしか思えない。

 

誠意ある融資は「貸した相手が返済できる道」を提示する

ヤミ金じゃないのだから、政府が金を借りろと言った以上、返せる状態をきちんと作るべきだと思います。

 

”返せる状態”といっても、単に給料が得られるといったレベルではないのは当然です。

 

低賃金の非正規雇用を推進するなどは問題外。

よけいに追い込むだけです。

 

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まずはそこまで追い込まれてしまった生活のダメージを回復し、一息つける程度の状況を実現させ、そこから返済が始まるくらいのスパンで考える必要がある。

 

果たして政府はそこまでやっているだろうか。


自分の実体験(収入160万円時代に生じた負債20~30万円の始末)

私は、年収160万円時代に背負ってしまった国保未払金2~30万の負債を完済するまでの間に、上場企業の正社員になっています

 

2~30万を返済するためのプロセスとして、そこへ行きつけたからこその「わずか」数年。

 

逆に言えば、 ちょっとの不運、ほんの少しのボタンの掛け違いでそこへ行けつけなかったら、「たかが2~30万円」の完納には、きっと倍以上の年月がかかっていたと思います。

 

人の尺度でモノを考えられない輩には『公僕』は不適格

低収入の人が背負った借金の返済というのは、一定以上の収入のある人が考えるそれとは、次元が全く違う。

 

政治家や官僚が考えている能天気な空想など及びもつかないほど シビアな世界です。

 

借金しろ。それも自己責任、『自助』だ

 

政府が国民から任された舵取りを失敗し、多大なる損害を出した最後の責任をあがなわせる最初の犠牲者は「弱者」なのかなぁ。。

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弱いことは、罪なのかな。

 

経済的困窮者に借金を負わせることは、あたかも刑罰のようです。