【感情会計】善意と悪意のバランスシート

善と悪の差し引き感情=幸福度

安全な揚げ物を妨害する財務省の緊縮財政政策

コロナに感染し、色んな意味で何度も目の前に死がチラついたせいで、すっかりウヤムヤになっていたけれど、どうしても看過できない問題がある。

 

我が家で使っている揚げ物用のなたね油だ。

 

コロナ感染直前の7月末に購入したときの価格が、1缶あたり758円に跳ね上がっている。

 

前回購入時(4月)の価格は、694円。

値上がり幅は64円。約10%の上乗せだ。

 

ストックを使い続けていたので気づかなかったが、いつの間にやらこんなにも家計へのダメージをもたらす存在になっていた。

 

そしてこれは税抜き価格なので、消費税込で比較すると、749円から818円に上昇。

その差は69円・・

 

定点観測でわかる日常品の家計圧迫

 

日常品の値段が一挙に1割もアップした場合、それが家計にもたらす影響は大きい。

 

とはいえ、1品だけがそうなったのなら、よほど頻繁に買うものでないかぎり全体への影響は、さほど大きくないかもしれない。

 

だが、身の回り品の中で、製造から販売までの過程のどこかで海外が関係する品目は、我々の想像以上に多いはず。

 

それゆえに、今後値上がりの対象となるものは、今我々が考えている以上に増えてくると思う。

 

日本は低成長(マイナス成長)でも、海外はそうじゃない

冒頭に挙げた我が家の揚げ物用油は、オーストラリア産の原材料を、圧搾一番搾りで抽出した菜種油。

 

他にも値上がりしたものはたくさんあるだろうけれど、今のところ売り場を見た瞬間に受けた衝撃の中で最大だったのはこれだ。

 

早々に原価分を販売価格に転嫁したのか、それとも、これまでは企業努力で価格転嫁をおさえていたが、とうとう限界が来たのか、その辺の詳しい事情は一消費者の立場からではよくわからない。

 

わかるのは「普段遣いのモノが1割も高くなって、今までのようには買いづらくなった」という現実だけだ。

 

原材料の調達や運搬・加工・商品流通など、我々の手元に届くまでのプロセスがすべて純国産というモノでも、インフラに海外が絡めば国際価格の影響を受ける(たとえば原油とか)。

 

原料が逼迫してるから高いんじゃありません。海外では所得が上がって、これくらいは庶民価格なんです

海外からの輸入品が高くなる理由として、「資源や原材料が逼迫していて手に入らないから」という以外に「海外ではこの価格で流通するのが普通だから」ということがある。

 

つまり、『諸外国なら一般庶民でも今はこの程度の価格が当たり前』というくらいに、外国は経済成長して所得が増えているから、その感覚を日本に持ち込まれると、我々にとっては割高に感じるということがあり得る。

 

高度成長期の日本なら、海外からの輸入価格が高いと感じるときには、それは戦争や天災などの影響で、資源や原材料が一時的に入手困難になっているという理由一択だった気がする。

 

少なくとも、私が育ってきた時代ならば、モノの値段が急激に上がっても、それはある程度限られた品目であって、しかもやがて目立たなくなるほど稼ぎのほうに伸びしろがあることが多かった。

 

けれども、「海外の物価に追いついていけないから、その差が埋まらないかぎり、これからもずっと割高感に締め付けられながら暮らしていく」というのは初めての感覚だ。

 

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(株式会社小川製作所HPより)

先進国から滑り落ちる日本の経済 | 日本の経済統計と転換点 中小企業の付加価値経営 株式会社小川製作所 東京都葛飾区

 

この図を見れば海外の材料等を使った製品が割高になる理由は一目瞭然だし、この海外格差に今後も耐えられるのは、日本国内の格差で富裕層にいるごく一部の国民だけになっていくのではないかと思えてならない。

 

「普段遣い」だったものが「ご褒美」になっていく生活レベルの低下

モノの値段が上がっていくと、格差感は一層に強まっていく気がする。

普段遣いのものは「ご褒美」的な存在に格上げされ、全体的に生活の質を下げざるを得なくなると、目につくのはどうしても安価なもの。

 

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中には悪質な商取引によって得られる原材料や、搾取する労働環境から得られた労働力など、質を犠牲にして生産される安価品もあるだろうが、そういったものの需要が広まるにつれ、生産過程の正当性を増してしまうこともありうる。

 

政治家が発する”中間層”の定義やイメージが伝わってこないのだが、今まで「ご褒美」だったモノのうち、「普段遣い」に変質するものが多くなる姿は、中間層の広がりを象徴するひとつの形だと思う。

 

しかしそれは、給付金のような単発手段ではとうてい目的を達し得ない。

 

物価高の要因が原材料の一時的高騰ではなく、恒常的な「日本が置いてけぼり状態」であることを考えたら、しみったれたカンフル注射ではどうしようもないだろう。

 

更にそこへ、細々した条件を設けて財政支出を渋ろうとする感覚では、庶民の我々は益々追い詰められるだろうと考えてしまう。

 

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もうひとつ、別の視点から、我が家の揚げ物事情を邪魔する要素について書いてみたいけれど、体調が未だに優れないのでそれは次回にしようと思う。