【感情会計】善意と悪意のバランスシート

善と悪の差し引き感情=幸福度

安全な揚げ物を妨害する財務省の緊縮財政6(奉仕者は偉い。ただし、イバってよいわけじゃない)

たとえば、自分にとっては慣れない行為である ”主張” を、よりにもよって、自分の上位者(強者)に向かってしてしまったとする。

 

すると、大人しく、気の小さい善良なる市民は「なんと大それたことをしてしまったのか!?」と驚愕する。

 

『わたし、困ってるんです』

という思いを、その原因や解決手段を持つ相手に伝えることのどこがいけないのかと思いつつ、何故か「贖罪」の心理に苛まれることが多いのが、上記のような愛すべき人物である。

 

「不慣れな事柄の敢行」「上位者への意趣返し(ではないのだが)」をしたことによる気持ちの揺れや恐怖が混ざって、もはやそれ以上の攻撃意思を保てなくなるのが、一般的な「大人しく、気の小さい善良なる市民」の特徴だと思う。

 

悪いことをしたわけでもないのに、無意識に、相手からの沙汰を待ってしまうこともあるだろう。

 

【正当】【権威】【専門性】といった条件を持つ官僚にとって、これほど料理しやすい国民はいない。

 

 

奉仕者ってなんだ?

 

よく「お上の言うことには逆らえない」という言葉が使われる。

 

区役所や市役所の窓口で、親しくもないのにタメ口で話されたり、上から目線で対応されたことはないだろうか?

 

そしてその時、つい下手に出てしまって、後で釈然としない気持ちや、はっきりした怒りを感じたことはないだろうか?

 

お上の言うことには、本当に逆えないのだろうか?

 

奉仕(service)なので公務員とは「サービス業のヒト」

私は、自分自身が中央省庁に居たためなのかも知れないが、若い頃から「公務員はサービス業だ」と思っている。

 

なぜなら、国家公務員試験を受けるときからずっと聞かされていたのは「公務員は【全体の奉仕者】である」という言葉だ。

 

これは憲法15条で明文化されている。

「一部の奉仕者ではない」と明確に。

 

そして、「奉仕」を英語に訳すと【service(サービス)】だ。

”公務員はサービス業”という定義に間違いがあるとは思えない。

 

国会議員も”公務員”と定義されている

人事院が出している年次報告書ではさらに、公務員には”役人”だけでなく”国会議員”や”地方公共団体の長”なども含まれるとの記述がある。

https://www.jinji.go.jp/hakusho/h17/jine200602_1_004.html

 

これら公務員は「広く国民に代わって公務に従事する」とある。

 

ゆえに、集票を鑑みて分断を生む給付金を企図し、連立の相方の公約を踏みにじってゴリ押しする等の無道を行うような「一部の奉仕者」になど、絶対になってはいけない性質の職業だ。

 

もちろん、財政黒字化を呼号して国民を苦しめれば苦しめるほど出世コースの上位に食い込める法則がまかり通る、悪の秘密結社みたいなある中央官庁も、断じて「全体の奉仕者」ではない。

 

こんな連中に対し「お上の言うことには逆らえない」と恐縮する必要などない。

彼らは”お上”ではない。全体の奉仕者ではないからだ。

 

窓口業務だけが「住民サービス」ではない

さらに、サービスとはなにも「行政の窓口サービス」のような、広く一般市民に開放された職場で住民対応をすることだけを指してはいない。

 

私は役人時代に、給与担当をしていた同期に『他者との調整不要で淡々と法規に従ってする仕事だから、自分はサービス業のようなものとは違う』という考えは持つなという意味の指摘をしたことがある。

 

これは役所内部の話で、あくまでも「対職員」に限定したものだが、広い意味では公務員全体に共通することだと思う。

 

『私の仕事は直接国民と接する性質のものではないから、自分は奉仕者ではない』とは言えないのが公務員という職業だ。

 

(生活が成り立たない薄給でこき使われる非正規公務員には別の解釈が必要と思うが)

 

サービスを行う主体が、客の扱いがぞんざいでは運営はうまくいかない

マーケティングやセールスに成功し、アフターフォローもしっかりできて、それでいて社員たちから暖かさや軽やかさを感じられる企業は、顧客の声を聞くだけでなく、顧客の意を汲むことに長けている。

 

ゆえに、働いている全員が”奉仕者”である公務員が

「俺は決められた法規に従う作業だけだからサービス業ではない」

だとか

「俺はエリートだから下々の相手など考える必要はない」

などと言わぬばかりの態度は改めたほうがよい。

 

今回は菜種油について触れていないが、無意識に政治家や役人を「上位者」と崇め、困っていることさえ口にするのをためらう心理に対するひとつの見解を書いてみたかった。

 

弱者の自己主張、それが難しいならせめて”質問”ぐらいは受け入れてほしい・・アレ?『聞くのが得意』って最近誰かが言ってたな・・

別に財務官僚は権威者じゃない。

 

モノ言えない国民の心理は、日常的に接する身近な権威者を、無意識に「お上」にあてがっているのかもしれない。

 

困っている旨の表明を避けるのは、”対人関係上の恐怖”を避けているのだろうか?

どうせ財務官僚と直接接することなどない。

どうせ届かないなら、相手も傷つくことはないだろう。

 

だから、大きな声で思う存分言ってやればよい、「私は困ってます。不安です、心配なんです。だから知りたいんです」と。

 

アサーション不全で苦しみを感じる人は、何も職場だけではない。国民レベルの話なのだと思う。

 

blog.dbmschool.net

 

blog.dbmschool.net