【感情会計】善意と悪意のバランスシート

善と悪の差し引き感情=幸福度

10万円給付問題はこれで終わりではなく、今から始まる

「10万円では、困窮者救済には不十分だ」

 

「我々は『10万円』という金額に囚われすぎている(その選択肢しかないかのように思わされている)」

 

「金額だけの問題じゃない。そもそも『単発』でどうにかなるものではないのだ」

 

やれクーポンがどうの、所得制限がどうのとすったもんだする中で、我々の目は本質からずらされています。

 

これもすべて財務省のやり口です。

 

結果的に【国民への給付総額】は昨年の一律給付と比較して、話にならないほどしょぼいものに落ち着いてしまいそうな状況です。

 

 

財務省に騙されるな!!

口当たりの良いフレーズを徹底的に前面に出し、そちらへ意識を向けさせ、本質に切り込ませないようする・・

 

今回の一連の流れも、これまで財務省が何度も国民を騙してきた作戦とみたほうが良い。いや、見るべきです。

 

その辺のからくりは、こちらの記事に書いたとおりです(この中では例として『ドラスティック・アボイド』という架空のフレーズを使っています)

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住民を視野に入れた行政

12月8日・・

 

まだ「クーポンでなければならぬ!」と、頭のおかしいことを政府が掲げていた中、いくつかの自治体が一括現金給付の旗を翻した。

 

富士吉田市も、そのうちの一つです。

「クーポンはばかばかしい」として方針を ”現金支給” に決定したようです。

 

富士吉田市は、昨年の私の記事でも書きましたが、政府(というより財務省)がケチケチと出し渋っている中、市民への一律1万円給付を決定しました。

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1万円は少額ですが、この規模の自治体が実施するには結構な負担だし、かなり勇気のいる決断だったと思います。

 

金額うんぬんより、為政者のその姿勢に市民は力強さや安心感をおぼえたでしょうし、そういうプライスレスな価値を生む決定をしたことが素晴らしい。

 

『小さな自治体』は、住民に寄り添うというより、為政者や役人自体が当事者意識を強く持った ”住民” という点が魅力です。

 

国民を視野に入れない国家公務員と国会議員

逆に「小さな政府」は、はっきり言って「使えない政府」だと思う。

 

上の記事にも書いたことですが、私が国家公務員時代、同僚の口から『国民』という言葉が出たのを聞いた記憶が無い。

 

図体がデカくなるほど、住民意識は遠ざかる。

だから国家公務員に ”国民としての当事者意識” はないし、況や国会議員をや、といったところです。

 

ゆえに、特定の国会議員と結びついた特別区の区長なんてのは、全くあてにならない。

区民の存在など見てはいない。

 

ふるさと納税で23区の税金が他所に流れていることが問題視されていますが、そうなっても少しもおかしくないと思う。

 

私も、ある理由で自分の住まいの区長が大嫌い。

富士吉田市に納税しようかと考えています。