【感情会計】善意と悪意のバランスシート

善と悪の差し引き感情=幸福度

シロウトの国債5(建設国債に責任を持てない⇒激甚災害を招く「招き猫」は誰だ?)

数回前の記事で、国債発行額全体の中で、けた違いに額の多い【借換債】というものにふれた。

 

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ニュースなどで「令和3年度の国債発行額『236兆円』」などと記されている記事と、「国債は国の借金。将来の世代に持ち越さないために・・」というお決まりの文言が組み合わさると、定量情報定性情報が組み合わさって「だから増税やむなし」という心理状態に陥れられるが、これはミスリードされているだけだ。

 

少なくとも【借換債】というのは単なる借り換えで、この行為によりキャッシュアウトするとしても超低金利の利息でしかない。ウン百兆円などあり得ない。

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なお、発行内訳のうち2番目に多い【財投債】45兆円と、その一つ上に位置する【復興債】2,183億円は、償還財源が貸付金の回収や復興特別税などに特定されていて、いわゆる「なんでもごっちゃでいいからとにかく国民から巻き上げたカネで・・」みたいなものとは明確に区別されているらしい。

 

ということは、国債発行額について理解を深めるにはまず、これらを除いた【建設国債】と【特例国債】を考えればよいようだ

 

さらに、【特例国債】とは【建設国債】の発行だけでは歳入不足となった場合の特別な発行とのことなので、これを踏まえれば「主たる国債」というのはどうも【建設国債】であるらしい。

 

……ただ、先に結論を言うようだが、財政法第四条の規定の文言から『国債は借金ではない』ということがいきなり読み取れるのだが……

 

第四条 国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない。

財政法 抄 | e-Gov法令検索

 

「公債」はたしかに国や地公体の ”債務” ではあるが「借入金」ではない。

”債務” とは「特定の人に特定の行為や給付を提供しなくてはならない義務」のことだ。

 

公的存在である国にとっての ”債務” とは何か?

 

公務員(公僕)である政治家や官僚にとってはまさに

「それ(債務履行)がしたいから代議士や公務員を目指した

ともいうべきもので、つまり彼らが望んだ『しごと』であるはず

 

「債務(国民への義務)=借金返済」などは当然あり得ない

 

”借入金” ならばたしかに「返済しろ」といえるが、なぜか「貸した金を返せ」という国民はいない。

(税金を返せ!という文言はよく聞かれるが、それは使い方に私利私欲などの悪意があるとか、粗雑でムダ金である点への憤りであり、借金返済を求めてはいない)

 

ゆえに、債務に対する対応策が「増税して穴埋め」という短絡思考(又は破綻思考)しかできない能無しなら、今すぐやめろということになる。

 

 

【建設国債】ってなんだ? 発行額はやけに小さいが

建設国債は、公共設備整備の財源に使われるとのことだ。

たとえば道路や橋、ダムや大規模な防災設備等の社会インフラである。

赤字国債と建設国債の違いを教えてください : 財務省

公共事業費とは - コトバンク

 

区分が変わっても『資産』は『資産』

建設国債がその目的のとおりに使われた結果、「金銭」が、「社会インフラ」の形に変わるという言い方が可能だ。

 

貸借対照表の考え方で言えば、資産の区分が下表の「Ⅰ流動資産⇒Ⅱ固定資産」へ変わる。

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一方、国債のほとんどは一年超の長期なので、期間で判断すると上の表でいえば「Ⅱ固定負債」になるだろう。

 

構造物を「固定資産」と仮定する

国債は長期にわたる債券のため、一年未満の償還分を除いては貸借対照表上では ”固定負債”  と表現するのが妥当だ。

 

だが、国債発行により得られたキャッシュは当座資産(現金等)に相当するはずなので、これらは流動資産といってよいだろう。

 

ちなみに、今回「国債」と表現するのは当記事の冒頭で述べた分類と、かつての記事で示した内容を踏襲し、「建設国債」と「特例国債」のみを指す(下図の赤い棒グラフ部分)。

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https://www.mof.go.jp/zaisei/current-situation/situation-dependent.html

この時の記事はこちら⇩

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「事業運営=資金運用」のプロ・財務官僚なら

国債発行により得られた(払い込まれた)キャッシュを【借金】と見るようなシロウト考えを、一流のプロである財務官僚がするはずがない。

 

彼らは発行した国債を、貸借対照表でいう【資産】に計上されたキャッシュとして捉えていなければおかしい。

 

彼らにとって国債とは ”債務” 。

「特定の人(日本国民)に特定の行為や給付を提供しなくてはならない義務」だ。

 

資産計上された元手をどのように高次元な考えで運用し、より大きなリターンを得るかという点で、日本最高峰の職業的能力を発揮しなければ、到底「優秀」とは言えない。

 

ぜひともお点前拝見といこうではないか。

 

建設国債は「効果の及ぶ期間」を限度として考える

建設国債は使用された後は固定資産として、その効果の及ぶ期間にわたり、投資の回収に寄与するものとなる。

 

一般的には、「効果の及ぶ期間」が耐用年数で、固定資産の取得原価をこの年数で費用化していくのが減価償却だ。

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回収効果が期待出来なければ減価償却はせず、減損計上して費用化を終了する。

 

逆に、耐用年数を過ぎても耐久性、効果ともに低下がみられず、従前どおりに回収への貢献がなされるなら、買い換え時期を遅らせることで資金繰りに好影響をもたらすことがあり得る。

 

減価償却も完了していてこれ以上の費用化計上も不要。

 

さらには、もしも引き取り手が現れて簿価(残存価額)以上で買ってくれるなら、売却益までもたらしてくれるという至れり尽くせりの「投資」だったことになる。

 

公共投資した資産は、投資を実行した主体(公僕)が責任を持つ

しかし、現実にはそういう優れものばかりとは限らず、激しい使用により短寿命に終わる固定資産もあり、早い段階での買い換えが必要になることは多い。

 

どのみち、耐用年数の限界を見越して計画的に資金繰りを考えるのが経営陣の職責なので、想定外の事象による減損がないかぎり、適切なメンテナンスとその費用負担までの責任をしっかりと持って、耐用年数までは期待する効果を発現させ続ける努力が要る。

 

万一、固定資産の利用計画が思惑通りに進まなかった場合はどうなるか?

 

純然たる投資家ならば、投資分の回収が失敗するという「有限責任」で済むだろうが、事業者は自分たちが実行した投資には最後まで責任を持たねばならない。

 

特に公僕たる官僚は。

 

「小さな政府」は『責任放棄』

老朽化した水道管の破裂により、大きな被害が出たニュースがあった。

また、大雨による甚大な被害も近年増えている。

 

詳細がわかって来るにつれて、それらは地域住民の安全性のために投資されたインフラの耐久性に限界がきているのに、適切なメンテナンスが施されておらず、充分な性能を発揮できなかったことが原因であると報じられ、我々は実態を知る。

 

こういうのは計画的投資の失敗で、こういうことこそ建設国債を発行して、あらかじめ手当てするのが国家事業を担う政治家と官僚の職業的能力だと思う。

 

当然、今すぐにでも日本全国の老朽化したインフラのメンテナンス、あるいは付け替え、新設を行うべき設備はたくさんあるはず。

 

それにしては、額が小さすぎるのではないか?【建設国債】??

 

ライフラインのインフラを民間事業者にさせるのは建設国債の意義にもとる

地方分権して自治体へ責任を投げる。

丸投げされた自治体は、採算が取れないから管理を手放し、民間へ。

 

これはおかしい。

採算が取れないことだからこそ、公共体が手掛けなくてはならない。

 

自治体だと採算の心配があるなら、国が責任を以て管理にあたるはずなのだが、それを「これは○○県の管轄にあたるから」と自治体に押し付けるのは、緊縮財政政策における『小さな政府』の典型例のひとつだ。『役立たず政府』と言ってよい。

 

自治体も仕方なく、不採算事業を手放し、民間に任せざるを得なくなる。

そして、民間が、公共機関よりも遥かに採算性にシビアなことなど最初から誰にでもわかる。

 

そして、民間の場合は行き詰まったら事業を畳んで継続を中止せざるを得ず、継承者がなければ結局公共へバトンがかえって来るのもまた、誰にでもわかることだ。

 

大事なライフラインの運用を、そんな不確かな存在に丸投げするのは明らかに「投資に対する無責任」だ。

 

公共投資に対する無責任とは、建設国債により借方に発生した資産の運用能力がないことになる。

 

ザ・財務官僚。

それでいいのか?