社会保険料は【控除項目を完全無視で、強引に獲られてしまう税金】
しばらく前、賃上げ税制のことが言われ始めたころに書いた記事で、そんな表現をしました。
賃金の金額にこだわっていることが、却って余計な手数を増やす。
政治家や官僚は、することが増えるほど世間との感覚のズレが増幅され、本質から離れていってしまう。
むしろ、社会の混乱と、それによる疲弊を生む。
「政策対応」なんて、1円も売上を生まない。
そんなことより、需要が増えて供給が追い付かなくなれば企業はより生産性を高める必要に迫られる。
競争に勝つには製品の質を上げなければならず、それには生産性を上げられるような良い設備や人材も必要になり、必然的に賃金を上げざるを得なくなる。
でも、一朝一夕にそこまでできないほど需要はないし、企業は弱っている。
弱った企業にさらなる負担を課すこともなく、法人も個人もまとめて助かるのは「賃金の額」を上げることではなく『実質賃金』を増やすことです。
そしてそれは、社会保険料の是正でできることです。
実質賃金(可処分所得)を上げる社会保険料パラメータ設定
サラリーマンの給料明細でおなじみの「健康保険料」(40歳以上だとさらに「介護保険料」)、「厚生年金保険料」及び「雇用保険料」は、年末調整や確定申告の ”社会保険料控除” の対象です。
つまり、期中はあたかも経費か何かのように、満額を「支払わされている」。
しかし、収入に応じて一定の率を掛けられていくスタイルは税と同じです。
私は、社会保険料は税金だと思っています。
日本の国民負担率の詳細推移をさぐる(2020年時点最新版)より
たとえば上の表のように ”租税” と ”社会保障費” を一緒に考えたほうが、「我々が負担する公共経費」としての把握がしやすい。
それに、2019年の消費増税にあたり、当の財務省自身が「増税分は社会保障費のため」とした触れを出しています。
社会保障のための財源と租税の境界があいまいな中、社会保険料の徴収は極端にバランスが悪い。
現在の物価高は一過性のものではなく、経済成長しない日本である以上はずっとついて回る。
「賃金の額を上げる」ではなく「可処分所得を増やす」が重要で、それは企業ではなく国の仕事です。
話をすり替えてはいけない。
社会保険料は「標準たる『報酬』」に基づいて決定される
『報酬』とは何でしょう?
こちらの「リーガライフラボ」ではこのように述べられています。
労働における「報酬」とは、労働の対償として支払われる全てのものです。
労働法の分野では「賃金」と呼ばれ、社会保険の分野では「報酬」と呼ばれています。
報酬とは?給与や賞与、手当とはどう違う? | リーガライフラボより
ここで政府が必死にテコ入れしている「賃金」という単語が登場します。
”賃金”と言わずに「報酬」と言えば、話は一気に本丸の社会保険料に進み易くなりますが、そうはいかないようです。
社保側で算定基礎額に ”賃金” という単語を使わないのは、それをやると何も控除していないことが国民にあからさまに知られてしまうからではないかと疑いたくなります。
即座に引っかかってくるものとして「通勤手当(非課税分)」の存在があります。
「賃金」の中に『手当』は入るの?
12月分の給料明細と共に渡される源泉徴収票の「支払総額」には、非課税支給額はオンされません。
「賃金に課税される」という考え方に基づくならば「通勤手当は賃金じゃないの?」と思いたくなります。
労政時報の人事ポータル「jin-jour(ジンジュール)」では、労基法に基づく賃金をこのように示しています。
「労働の対償」とは、労働契約に基づいて労働者が提供した労働の見返りとして、使用者が労働契約に基づいて支払うものという意味です。
使用者が「労働の対償」として労働者に支払うものであれば、賃金、給料、手当、賞与など名称を問わず、すべてのものが賃金となります。
労働基準法上の「賃金」には、どのようなものがありますか?|人事のための課題解決サイト|jin-jour(ジンジュール)より
「すべてのものが賃金」とある。
労働の対象として支払うものは、全部賃金であると・・
「手当」は『法律による支払い義務』のものと、『会社ごとに任意』のものにはっきり分かれる
先ほどのリーガライフの説明では、「手当」というものについても解説してくれています。
法律で支払いが義務付けられている手当の典型例は「時間外労働手当」「深夜労働手当」「休日労働手当」といった割増賃金とのこと。
一方、”会社任意の手当” については次のように述べられています。
会社ごとに任意に支払いを決めてよい手当には、「通勤手当」、「家族手当」、「役職手当」、「住宅手当」といったものがあります。
手当は、報酬や給与に含まれるものと考えることができます
報酬とは?給与や賞与、手当とはどう違う? | リーガライフラボより
サラリーマンの通勤手当の多くは非課税だと思われますが、考えてみればすごいことです。
会社ごとに任意設定の通勤手当とは、 ”法定” の手当でないにもかかわらず、その性格から「必要不可欠の経費」として、税制上の課税対象から省くことが一般化されていることになります。
これこそ、実情を正確にとらえ、国民生活に配慮した政府の手腕の一つだと思うのですがどうでしょうか?
必要経費に税金がかかっている社会保険料の算出
「賃金」と「報酬」が、ともに労働の対償として支払われるならば、所得税でも社会保険料でも、私たちの得た労働対価からの差し引かれ方は、根本的に一緒のはず。
それなのになぜ社会保険の標準報酬月額算定では、この ”非課税” のはずの通勤手当まで加算され、等級が決められてしまうのだろうか?
それだけではない。
所得税の課税額算定の際、支給金額から「給与所得控除」が差し引かれますが、これも社会保険料の算定だと完全に無視されます。
給与所得控除は、”給与所得者の必要経費” として、領収書などの証拠書類も不要で認められる一律の所得控除です。
一律で措置が可能な「給与所得控除」と、各人の事情により異なる「通勤手当」を、ともに『労働者の必要経費』として課税対象から差し引くというのは、とても理にかなった国民目線に近い制度だと思います。
(まあ直近では、給与所得控除の計算式に手出ししているし、わざわざ基礎控除とトレードオフしている時点で、よからぬ操作の疑わしさが否めないのですが)
社会保険料算定に「必要経費の控除」までを考えたら実質賃金はどの程度上昇するか?
以下は、私が勝手にやったシミュレーションです。
社会保険料の算定基礎には、非課税である通勤手当まで含まれます。
それに、各人各様の生活実態で、様々な控除項目があるのに、それらを無視して「税込み収入総額」の段階で強引に差し引かれてしまいます。
せめて、給与所得控除ぐらいまでは考慮のうえで算定してもよいのではないか?
いや、それだと上で疑念を述べたように、基礎控除を厚くして給与所得控除を下げるみたいな逃げ道を作るのが財務省ですので、ここは基礎控除までを算定基礎に入れましょう。
ここまでなら、システマチックにできるはず。
現状の社会保険料金額と、私お手製の改正社会保険料算定による金額との差が、可処分所得の上昇額(実質賃金アップ)です。
やってみるとわかりますが、これは大きい。
そして、低所得者層ほどその効果が高いことがよくわかります。
当然ですが、可処分所得が少なければ少ないほど「1円の重み」は大きい。
ちなみに、以下の各表の制作にあたっては、これらのサイトを参考にしています。
金額を入れてボタンを押すだけで計算できるツールもありますので、興味のある方はご自身の収入を入力して出してみてください。
・社会保険料
「全国健康保険協会」の令和3年度分から、東京の表を基に算出
令和3年度保険料額表(令和3年3月分から) | 協会けんぽ | 全国健康保険協会
・給与所得控除
こちらのサイトで数字を打ち込むと算出できます。
・雇用保険料
こちらのサイトに「支給総額」を打ち込むと算出可能です。
では私のマイルールで作った「可処分所得増大案」を見ていきましょう。
税込み月収25万円の場合
私も含め、賞与が無い(出なかった)サラリーマンも多くいると思われますし、あれはまた別な計算になるので、シンプルに「平月の収入」を基にしています。
社会保険料算定だと、非課税手当込みの月額収入を基準にしてしまうので、控除後の金額算定のためにいったん年間収入にし、その後月額に割り戻す方法を採用します。
通勤手当は1万円と仮置きしますが、上で述べたように、ここはもともと「会社ごとに任意」です。
いわば、”国が会社に任せている部分” なので、任意に実額を当てはめて計算してよいものとします。
興味のある方は、ご自身の非課税通勤手当を当てはめてやってみてください。
標準報酬の等級でいえば、20等級⇒8等級と、12段階も下がります。
しかし、この人にとってはそれこそが「身の丈に合った負担」ともいえるので、現状の経済的苦境の中では、この層の人にはこれくらいの配慮が必要ではないでしょうか。
ざっくりと「俺、月の給料25万円なんだ」と言っている人なら、年に13回以上の給料が出たのと同じインパクトになる(!)。
しかも、ここから税金とかが控除されるわけではないので、全部消費に使える。
むろん、ここで可処分所得が上がった分に相当して、年末調整時の社会保険料控除が減って、その分所得税は上がりますが、毎月2万円強の金額が収入に上乗せされるならば、今まで『ご褒美』だったものが『普段使い』に、良い意味でレベルダウンすることも考えられる。
※ちなみに「基礎控除48万円」を除き、通勤手当と給与所得控除だけで算定してみましたが、それでも月額15,237円の可処分所得アップ。年間では182,844円という結果になりました。
月25万円の所得層にとっては「月に1万5千円の上昇」はやはり大きい。
税込み月収40万円の場合
サンプルがひとつでは「点」にしかならないので、少し上の年収もシミュレーションしてみましょう。
計算の仕方は上の25万円の場合と同じですが、通勤手当は少し色を付けて、1万5千円だということにしています。
標準報酬の等級でいえば、27等級⇒19等級と、8段階下がります。
年間の増加額は311,472円。
月の収入には満たないものの、これがまるまる手取りだと考えれば、それなりのインパクトがあるでしょう。
日本の年収の中央値は437万と言われますから、このあたりが参考値となるかもしれません。
税込み月収70万円の場合
ついでなので、賞与まで含めると、昨今話題になった「年収960万円」並みになりそうなシミュレーションもしてみます。
通勤手当は40万円の時と同じく、1万5千円としています。
標準報酬の等級でいえば、37等級⇒29等級と、8段階下がります。
年間における可処分所得の増加でいえば、373,032円。
月収の半分強といったところで、25万円の人ほどのインパクトではありません。
また、このクラスの収入の人は、厚生年金保険料の等級が頭打ちになっているので、社会保険料算定に税控除の概念を導入しても、低収入の人に比べると実質賃金の上昇は緩慢なものになります。
まとめ
赤字企業が6割以上と言われ、経営が苦しい状況の事業者が多数ある中で、政治家が「賃金を上げろ」と号令をかけるのが、いかに労使ともに迷惑を被ることであるか。
無理に賃上げして、結果倒産や廃業となれば、失業して路頭に迷い、余計に保障が必要になるという想像は、官僚にはできません。
「理解」はできるが「現実感」が得られない。
当事者意識の持ちようがないので、想像が及ばない。
「稼がなくても口にメシが入ってくる」という生活が長く続くと、困っている人に対する思いやりがあっても、その対応を考えた時点から発想にズレがある。
考えれば考えるほど、動けば動くほどズレが増幅して現実離れするというのは、本当に『役人あるある』です。
「身を切る改革を、行っていきたいと思います」
などと政治家は選挙前に言うけれど、それは別にアンタがたの給料を減らすとか短絡的な思考で片づけないで、まずは財務省にNOを突きつけることを指向すべきで、それをやればたいていのことは日本国民のためになると思う。