【感情会計】善意と悪意のバランスシート

善と悪の差し引き感情=幸福度

「無党派」が自民支持率を上げていそうな理由

世論調査のたびに、ネットに散見される感想

 

・内閣支持率がいまだに○○%もあるなんて信じられない。
・意図的な操作が行われていると思う。
・今の状態で「自民支持」といっている人の気がしれない...etc

 

 

 

「政治に関心がない」と「支持政党なし」は意味が違う

 

ブログを読んだり書いたりするような方には、あまりピンとこない話かもしれません。

 

「ブログの読み書きをする人」とは言い方を変えると
”自分の考えを文章化したり、他人の考えを追体験として活かす文系的な感覚を持っている人”とでもいうのでしょうか。

 

1足す1が、一概に「2」とは言えないな、とでもいうか・・

 

数式の中に「1」を一個置いてるけど、もう一つの「1」は自分の中に留めておく。

 

この局面では拙速を避け、『あえて正答を導かず』に、別の答えが出せる”場”を作り、そこで改めて衆知を以て決めたほうがベターだと判断する、などの考え方ができる人・・

 

『早く正答を出せた人間が賢い』との試験重視なステレオタイプではなく、もう少し懐の広い感性の持ち主が、ブログの活用者には多い気がします。

 

そして、そういう人には、ピンとこない話です。

「独りでご飯屋さんに入れない」と同じくらい「支持政党が無いと世間体が保てない」を感じる人

世間には『一人で飲食店に入れない』との価値観を持つ人がいます。

 

そういうのを気にしない人から見ると、『ただの強迫観念』に思えて同情したり『自意識過剰』と蔑みの対象になることもあるでしょう。

 

『外食は誰かと一緒にする行為』と、他の可能性を全否定してしまう感覚と同レベルで『民度ある国民はいずれかの政党を支持していないといけない』が金科玉条になっている人が、一定数いるのではないかと思う。

 

たとえば「他に選択肢がないから」と自民党に票を入れる人の声は、ニュースなどでよく目にしますが、同じことを世論調査で実行していることもあり得ると思ってしまうのです。

どういう聞き方をすると、世論調査の結果を誘導できるか?

 

世論調査も、聞き方によってニュアンスが変わります。

 

しばらく前に、私のところにかかってきた電話による調査でも、「もし解散総選挙となった場合の選択肢」が示されましたが、「自公は1、立憲共産は2、維新が3、その他政党が4」まではともかく、最後に「未定、またはわからないは9」という聞き方でした。

 

これだと、完全に離れ小島扱いされている9への感じ方が、実態とはかけ離れてしまうおそれがある。

 

事実上、最も多数なのが無党派層と言われますが、政治に無関心ゆえの無党派層と、現状に照らして熟慮して決めようとするゆえの無党派層に分かれると思う。

 

なんのこだわりもなく後者を選べる人は、「未定」を恥じたりしない。

 

「わからない」と、あたかも投票行動を放棄しているように思われかねない人と一緒にされても、そんなことはどうでもいい。

 

「他に選択肢がない」のなら、別に自民支持の意思表示などしなくとも、堂々と「未定」と回答する。
私もそうです。

 

世論調査も『1票』。自分の気持ちを粗末にしない

 

投票行動に関しても同様です。

 

私は以前、自分の地区には票を入れたい候補者がゼロのとき(だから小選挙区制はキライだ)、「該当者なし」と書いたことがある。

 

とにかく、投票に参加することが目的だったからそれで良しとしました。

 

「食事をする」「食を楽しむ」との目的意識が明確なら、一人で食おうが誰かと食おうが、その部分のプロセスは重視しない。

料理を愛で、食物を口に運ぶのは自分自身なのだから、そこがクリアされていれば良しとする。

 

政治への参加についても、「自分の意志を反映させる」との目的意識が明確なら「とりあえず与党」みたいなことをやって、大事な自分の意志を粗末に扱うことはしない。それが世論調査と投票で2パターンあっても、「とりあえず」はしない。

 

自分が持つ「1」は、たとえ目の前に「1+ =2」と書かれていても、当てはめたい場所が他にあるとか、「どうもここじゃない」と感じるなら、その数式は無視していいんじゃないかな?

 

でも、そうは考えられない一定数の人が、意外に多いのではないかという気がしてなりません。

 

だから、この酷い体たらくの中でも自民支持率が高いし、それを狙って各社も質問の仕方を変えているのではないかと思うのですがいかがでしょう。