さて、思い返せば昨年4月末でした。
朝倉哲也のことを書いたのは・・
日向坂46を卒業したにぶちゃんが指摘されていた ”ダサいカバン” に見立てた、昭和41年当時はお洒落であったハンドバッグを、現在では死語と言っても過言ではない ”便壺” に叩き込んだ、という話でした。
焼肉前のタイムアタック
いちおう現在地を記述しておきましょう。
小説タイトル『蘇る金狼』(大藪春彦著)
昭和41年11月26日 土曜日(物語の第18日目)
勤務先の東和油脂は半ドンのため本日は出社日だったが、朝倉哲也はサボっている。
このような状況です。
この日の朝倉は横須賀に居ます。
つい先ほどまで下水道の中でひと仕事していた彼は、午後4時すぎに地上へ出てきました。
さて夕飯だ。
ですがその前に、汚れた手足や服をなんとかしなければなりません。
手を洗うためにトニオのスタンドが使われた疑惑
ということで近くの公園の足洗い場へ行き「皮膚が破れそうに冷たい水道の水」と表現された、大藪補正が利いた特殊温度水で顔と手を念入りに洗います。
以前の記事に書きましたが、特に「冷たさ」に関する描写で、大藪先生の筆は冴えます。
ここで原作の表記によれば
洗っても洗っても汚れが落ち続ける。
という様子なので、階層化するほど分厚い汚れを付着させた状態で手洗いしたのか、そうでなければこの足洗い場の水は、ジョジョ4部に登場したレストラン経営者のトニオ・トラサルディーが出したスタンド入りの水と同様に作用したものと考えられます。
スタチューレジェンド 「ジョジョの奇妙な冒険」第四部 トニオ・トラサルディー
この場合は、悪事に手を染めた朝倉の手から汚れを落とす役割を果たしたのではないかと推測されます。
孤独な『借り物競争』
このあと朝倉は、近くに止まっていた配達中のクリーニング店のバイクから、背広とズボンを拝借。
そしてこれも近場にある集合アパートの玄関で、大きめの革靴に足を突っ込んで自分のものにする。
その後、やはり近くにある寺院の墓地に入り込み、それまで着用していた作業服を脱ぎ、拝借した背広とズボンを着用。
このプロセスを経て墓地から出てきたときの朝倉哲也は、上下スーツに革靴。
先程まで下水道に潜り込んでいた形跡は消え、今や彼は、すっかりサラリーマンスタイルへと変貌を遂げています。
すべては長尺な ”焼肉タイム” のために
ところで、なぜ私が食事をそっちのけに、手洗いや衣服交換の話を長々と書いたかといえば、これらの行為はすべて近距離圏内で短時間のうちに済ませたことを強調したいからです。
繰り返しますが、朝倉が地上に出たのが午後4時過ぎ。
その後窃盗を繰り返すわけですが、それは手早く行われます。
ここでの彼にとっては、もたもた手惑うことなど厳禁。
ハードボイルドな彼は一瞬で目的を見定め、躊躇うことなく大胆に行動するのが信条です。
あくまでも私がこのくだりを読んだときの主観ですが、朝倉が食事前の身支度にかけた時間は正味40分程度だったのではないかと思う。
つまり、ロスタイム込みでもせいぜい1時間が限度ではないかと・・
『蘇る金狼』には珍しい ”ゆったりしたお食事”
縛りプレイで名高い大藪春彦文学・・
(特に速度にこだわった展開を取り上げたのはこちらの記事です)
そしてその大藪文学でおなじみの時刻(または時間)表記によれば、この後朝倉が食事した店を出たのが「午後八時過ぎ」とのことですので、墓地の前からタクシーで米浜(米が浜?)通りを経由してスキ焼きハウスに入店したのは、ゆっくり目に見積もっても5時半過ぎかと思えます。
すると2時間半ほどを、この食事に費やした計算になる。
ではこのとき、朝倉は何を食したのか?
じつはこの日の食事描写はかなりシンプルです。
全文を引用してみましょう。
日本酒を軽く飲みながら、三人前のスキ焼きを平らげる。まだ二、三人前は食えそうな気がしたが、あんまり胃につめこむと動きが鈍くなるので、やめておいた。
朝倉はこのあと午前2時過ぎに上目黒のアパートに帰っていますが、どうやらその間にする活動のことを考えて、夕食は控えめだったようです。
飲んだ日本酒の量を「大藪ロット」で考察する
これまでの実績を思えば、5時半から食べ始め、2時間半の時間経過があれば、店を出るまでに腹が減ってもおかしくないのが朝倉哲也です。
たとえ「食えそうな気がした」というプラス2〜3人前のスキ焼きをフルに喰らったとしても、その程度は余裕で消化しきる能力を朝倉くんは持っているはずですが、調子が悪かったのでしょうか?
飲んだ日本酒の量は書かれていませんが、これは大藪ロットに従って「3合」と見るのが大藪作品読者の暗黙の了解です。
つまり、朝倉くんはこのとき「スキ焼きを3人前、日本酒3合」を胃の腑に収めていると考えてよいでしょう。
それにしては時間かけ過ぎではないか?
早食いで鳴らした朝倉哲也が、たかが3人前のすき焼きと3合酒ごときにそこまで苦戦するだろうか?
私が過去にやったこじつけ「『二、三人前』等で使われる読点(、)は、じつは大藪先生の万年筆の先から飛んで付着したインクの染みにすぎず、大藪さん自身がお書きになられた数字は二桁である」というものがあります。
(こちらの記事です)
今回もこれを適用するのは可能ですが、上記引用文では『、』は「まだ食えそうな分量」のほうに付いている。
つまりは「食べなかった分」なので、もしもこれが23人前だったとしても、今回の夕食に時間がかかった理由には影響がありません。
しかし、このシーンに関していえば、私にそれほどの違和感はない。
なぜなら「もっと長尺のスキ焼きシーン」を、大藪作品以外の飯テロ小説で読んだことがあるからです。
(続く)