司馬さんの小説で、登場人物の「キャラを立てる」ときに使われる数々の文章テクニック。
職場でのビジネスコミュニケーション文章に置き換えてあやかりたい。
前回までの記事で、そんなことを書いてきました。
黒田官兵衛の生涯を描いた『播磨灘物語』で、官兵衛の人生における最重要人物である秀吉と出会うきっかけの「織田信長への拝謁シーン」から考えてみようというお話でしたね。
たとえば・・ということでシチュエーション設定したのはこんな感じです。
・お客様に案内していた納期が大幅に遅延することが分かった
・そのことをお客様に説明してご了承を得なければならない
・相手はテレワーク(電話不可)。関係者伝達用にメールが必須
このとき、司馬文学のテクニックをどう活かせるのか?
では、ゆるゆるとやっていきましょう。
いったん司馬さんから離れます。
「インコースで仰け反らせておいてからの、狙いすました外角低め」には絶大な威力がある。
かなり昔の話ですが、週刊少年チャンピオンで連載されていた高校野球マンガ『4P田中くん』
変わったタイトルですが「4番でピッチャーの田中球児」が主人公ゆえの名称です。
長期連載された人気作で名勝負も多かったのですが、その中の一つに「タイプの違う天才比較」を象徴する一戦がありました。
ギミック1:「天才の比較」というテーマ
アメリカから栄興学園の野球部に招かれた天才・ボブ牧田
同じく招かれたのに手違いで入れなかった天才・巽(たつみ)球児
ちなみに巽くんは旧姓が「田中」。
つまり主人公の田中球児と同姓同名で、同じ東北出身です。
これにより主人公の田中球児が手違いで入学してしまった、という因縁の選手です。
さて、ボブ牧田と巽球児。
ふたりの「天才」の違いとは・・
自分のみが達しうる高みに昇り、己の力を誇示する牧田
チーム力で達しうる結果の為に、己の力を振り向ける巽
巽くんは、下手投げから浮き上がる「ライズボール」を主武器に栄興打線に立ち向かい、野手に対しては迅速で具体的な指示を出す。構えさせたグラブの位置に寸分違わぬ送球を決めたりして、とにかく「チームで守る」を徹底する。
打撃に関しては大振りを捨て、小さく振り抜く器用なバッティングでとにかく塁に出る。そして俊足を活かし、後続の攻撃により点を獲得するという「絵に書いたようなチームバッティング」を徹底する。
味方の失敗は軽々と受け入れて卑屈な気持ちにさせないから、誰も巽に対して無理にへりくだったりはしない。
「巽以外は並レベル」にもかかわらず、全員が伸び伸びとプレーすることで実力以上の力を発揮できる。
ゆえに、巽ありきのチームでありながら、戦い方は「全員野球」
たしかに巽は強い。
しかし巽とチームメンバーとの絆は、それに輪をかけて強い。
この鉄壁の布陣には、ボブ牧田の天才性や田中球児の雑草魂をもってしても如何ともし難く、試合は互いに身を削るような接戦となった。
ギミック2:「封印を解き放つ」という転換
しかし最終盤の勝負どころで、巽が最も避けたかったはずの局面を迎える。
栄興学園1点リードで最終回ツーアウトランナー無し。
打席に立つのは巽。
彼まで打順が回ってきたのは幸運だった。
しかしこの状況では、単に出塁してもホームまで狙うのはまずムリ
つまり「巽がここで ”ホームラン” を打たないと事実上の試合終了」となる
この状況を作った田中球児は、巽にはいつものチームバッティングではなく、彼自身が持つ天才性との真っ向勝負を挑みます。
ここでたしか、巽くんはそれまでの左打ちを右打ちに変えたと記憶しています。
「塁に出るためのバッティング」ではなく、本来右打ちの彼が「ホームランを狙って本気を出す」ことを、田中球児は誘っている。
なにげに球児のこの度胸もすごい。
ツーストライクを取ったところで「ホームランを狙うフルスイングでは絶対に届かない外角低め」の一点を狙いすまして見事に空を切らせ、投打ともにさんざん攻めあぐんだ怪物・巽球児を降します。
ギミック3:感情移入と伏線をごちゃ混ぜに
このとき試合を決めたボールは、威力抜群の「外角低めの一球」
ですが、そこに至るまでの「内角攻め」に相当するのが、巽が辿ってきた不遇な過去の描写や、試合開始後の駆け引きの数々。
これには実に読み応えがありました。
・志望校へ決まっていた入学が手違いで無くなった不運。しかし、だからこそ出会えた現在の仲間達との絆(東北弁のやり取りがジーンとくる)
・雪に閉じ込められた冬の校舎内での練習。廊下で行うキャッチボールは遠投になると球が天井にぶつかって練習に支障が出るからと、下手投げに切り替えて克復(ここからライズボールが誕生する)
・何よりも、天才的な力を持ちながらもそれに溺れることなくメンバーを大切にし、チームプレーに徹する人間的な厚み
「どこを攻めても上手く打ち返して『次につなげるバッティング』を成し遂げてしまう」というスキの無い彼に対し、”チームバッティング(ヒット)ではお前は勝てない” という現実を突きつけたのが球児たちの【内角攻め】だった
総括的にみると、試合が始まる前からのすべてが【絶妙の外角低め】への伏線だった印象です。
註:30年以上前に読んだときの記憶で書いています。だから巽くんの学校名は不明。
『4P田中くん』はウィキペディアでも詳細な情報がほとんど書かれていないため記事を書くときの参考にはできず、基本的に当時のチャンピオンを読んだときの記憶だけが頼りで、完璧な情報ではありませんのでご了承ください。
それにしても、これほど壮大で見事な「内外(うちそと)の散らし」は、さすがは野球漫画を極めた七三太朗、川三番地の両先生といったところでしょうか。
頭だけで考えるテクニックの弱点
以上、例えが長くなりましたが、勝負を決める一発の効果を高めるための「左右に振る」というテクニックが、決して刹那的なものではないことがよくわかる事例でした。
テクニックそのものが万能なわけではなく、見えている景色の背後に横たわる長い物語を感じさせられたときこそ、受け手の気持ちを激しく揺さぶるということは言えそうです。
とはいえ、読み手がどこまで読み込んでくれるかはまちまちなので、理屈ばかりでは上手くいかないのかも知れません。
理由を伝えても「納得」してもらえない理由
納期遅延連絡を受けた側(お客様サイド)では、その文面を読めば「何を言っているか」は頭で理解できる。
しかしその理解は表層的なレベルでしかない。
ゆえに、決して弊社の説明に好意的という程のものではないでしょう。
当然、物語に引き込まれたり感情移入して歩み寄ったりはしてくれないと思う・・。
仮にその状況で「左右に揺さぶった」ところで効果はあるだろうか?
弊社が一生懸命揺さぶるアクションをしても、お客様からすれば「目の前で右往左往している」ようにしか見えないかも知れない。
完全に見透かされて、むしろ信用されなくなりそう。
司馬さんは読者の気持ちをグイと引き付けた状態で意識を左右に散らす。
そこにKOパンチを叩き込むかのごとく「登場人物のキャラ立て」をするのが上手いですが、我々がその技術にあやかろうとして単純に左右に振っても、なんとなくそれだけでは不十分な気がします。
理解した分しか理解してもらえない
ちなみにお客様側では、納期遅延の一報を受けたための心理的負担があるでしょう。
そして、人によってはそれに起因するミッションが別途発生するかもしれません。
たとえばB to Bの取引だと、発注者自身がユーザーでないこともよくある。
依頼者本人は発注事務を担当する窓口なだけで、その人自身には納期遅延の影響がないのだけれど、それを欲しがっているユーザーたちから責められることも多いですね。
”遅延のご説明” をする弊社とすれば、事実だからといって遅延そのものに関する理屈を並べ立てているだけではお客様の動揺に火を注ぐ一方になり、重クレームになるおそれもあります。
納期遅延を被ったお客様側の事情を「予定通りに注文品が来ない状態」と平坦に捉えてしまうと想像力がおぼつかなくなる・・というか「単なる情報」として完結してしまう。
さきほど「テクニックが刹那的なものではなく、背後に横たわる長い物語を感じさせられたときこそ、受け手の気持ちを激しく揺さぶる」なんて書きましたが、”平坦に捉えた単なる情報” というのは、ある意味『物語』とは対極にあるものかもしれません。
やはり、相手側の人間関係に「物理的な影響」が発生していることがリアルに感じられないと、文章が上手くても ”テクニック” には昇華しないのでしょうか?
もしかすると、揺さぶられた状態でバシン!と食らうことを、自分自身が体感で経験すると、効果的な一発のきかせ方がわかるかもしれません。
ということで次のお話です。
「上下の打ち分けで作った無防備な箇所への一発」には絶大な効果がある
一転して私自身の経験を書きます。
中学1年の頃、私が懐いていた1コ上の陸上部の先輩。
学校では一番速く、区内でもトップの実績を持つ選手で、それでいてお高くとまったりせずに、先輩・同級生・後輩からも人気があり、そして先生方からの信頼も篤く、にもかかわらず飲酒やバイク・ケンカなどの問題行動もしっかりとこなすセンス抜群の人でした。
闘争心がゼロの私に「パンチの打ち方」を教えてくれたのもこの先輩です。
運動能力の高さとカンの良さでケンカが強い人でもあったのです。
ギミック1:「普段」があるからわかる「緊急時」のコントラスト
ある日、走り終わって疲れている先輩にうざ絡みする私にムカッときたらしく、やにわに立ち上がって真正面から私にファイティングポーズをとった。
ふざけて殴り合うのは日常茶飯事だったが、このときはマジだった。
右ストレートを私の胸にぶち当てたかと思うと、続けざまに右のローキック。
完全に意識が左方向からの攻撃に向いた私の右頬に衝撃があったのは次の瞬間です。
先輩はなんとここで左のロングフックを放っていた。
図体のデカかった私もこの意外すぎる一撃によろめき、周囲で見ていた先輩方が思わず一斉にストップをかけた。
ギミック2:「見えない」が「感じる」技の説得力
右の上下を打ち分けておいて、左のロングフックを叩き込む。
中坊とは思えぬこのコンビネーションを、カッとなった一瞬で決めたあたり、受けた打撃よりもその攻撃センスの良さに、私は衝撃を受けました。
先輩は即座に冷静さを取り戻し、見守るギャラリーに「デモンストレーションだよ」と照れくさそうに笑い、私もヘラっと笑って何事もなくふざけ続けた。
もとはと言えば私のしつこいウザがらみが原因なことは、誰よりも私達ふたりが理解していたからです。
単なる日常的なじゃれ合いではありましたが、「一方に注意を向けたうえでの死角からの一撃」には絶大な効果があることを身にしみて味わいました。
物語性と、生なリアル感。
どちらも、やっつけ仕事で何となくこなしている顧客対応には無縁な気がする。
しかし、大幅な納期遅延の説明には、どちらも欠かせない要素ではないかなという気もする。
司馬文学の妙味でそのあたり、なんとかチョチョっと上手いことやれんですかね。。。
<続く>