自分の注意が上下や左右に散らされたところに、真ん中へズドンと撃ち込まれる一発。
この一撃の破壊力は凄い。
ということが言いたくて書いた、長い長い前置きが前回記事です。
ではいよいよ、私が「司馬さんの技術」と勝手に思っている文章の使い方に踏み込んで、納期遅延の言い訳文章に変換していきましょう。
『播磨灘物語』を『お客様物語』にして納期遅延連絡を無難にこなそう
司馬さんが黒田官兵衛を描いた『播磨灘物語』
この作品の中で、官兵衛の一生に最も影響を与えたと言っても過言でない強キャラ・羽柴秀吉との出会い。
この一大イベントは、官兵衛が織田信長に拝謁するシーンをきっかけに始まります。
いわば大事な ”前フリ” ですので、ここがポシャっては後に控える ”秀吉の登場” が台無しになってしまう・・。
このときに秀吉のキャラを立てるため、司馬さんは「信長のセリフ」で読者を振り回したうえでズドンと一発、まずは秀吉の名前が強く印象される一打を放ちます。
(こちらの記事⇩⇩では、このシーンでの信長のセリフを解説しています)
信長のセリフは極端に短く
信長には、光秀の謀反を知ったときの「是非に及ばず」など、切るように短いフレーズを発するイメージがあります。
『新史・太閤記』ではこの傾向が顕著で「汝(われ)は、何ぞ」とか「見ヨヤ、者(ものども、あれを見よ)」といった具合に、信長のその面が強調されている部分が多い。
もちろん『播磨灘物語』でもそれは遺憾なく発揮されています。
では、このシーンで信長が発したセリフだけを順番に並べてみます。
(傾向別に色分けをしています)
①「官兵衛」
②「官兵衛」
③「播州に、何ぞあったか」
④「そのようにする」
⑤「早いうちに・・」
⑥「そのことは、藤吉郎と相談せよ」
⑦「その者は、近江長浜城にいる」
⑧「その長浜の藤吉郎を申次(播州の担当官)にしよう。帰りにでも長浜へ立ちよって藤吉郎と物語などせよ」
(一つ一つのセリフ解説はこちらの記事を御覧ください)
読者は遼太郎の手の上で踊らされる
上に列記したセリフのうち
青字の①〜③は、官兵衛を突き放すような高飛車な物言い。
緑字の④〜⑤は、官兵衛の申し出に対するかなり好意的な回答です。
このように ”揺さぶり” を仕掛けてくる遼太郎。
演者が信長だけに、これだけでもインパクトは充分ですが、それをさらに上手く活かしていることがわかります。
どういうふうに?
それはですね・・
誰もが知っている有名人・織田信長が満を持して登場する瞬間ですが、このときの司馬さんの筆は、あくまでも信長を観察する文体で進み、決して信長側に立って感情移入しない。
それゆえ、セリフの一つ一つが他人行儀。
「受け取り方は読者におまかせ」の放置スタイルです。
ゆえに私も含めた読者は単に字面を眺めるだけでは済まされず、自前の「信長イメージ」を思い起こしては当てはめるという作業を、無意識に行ってしまう。
こうして、わりと高カロリーで読まれることになる「主人公と信長の初対面シーン」に①〜③ ④〜⑤を繰り出していきます。
つまり、読み手の没入度が高まっている状態の中、司馬さんは上下または左右に読者を振り回しておいて、満を持して赤字の⑥で藤吉郎という名前を出し、唐突な分だけ強い印象を植え付ける。
ということで・・
これを「納期遅延連絡」に例えて楽しんでみましょう。
言い訳する対象のお客様を「読者」と位置づけて司馬スキルをぶつけてみる
まずはお客様を冷たい言葉で突き放してみますか。
①ご注文頂いた製品について、トラブルが発生しました
②一部部品の調達が困難になり、製造がストップしています
③このため、納期は☓☓月の中旬以降になることが見込まれます
”負” の情報をこれでもかと打ちまくってから、一転して寄り添ってみましょう。
④別ルートでの調達に一定の目処が立ちつつあります
⑤想定より早くラインに乗る可能性もあります
双方から正と負の情報を叩き込んだ。
左右に散らした。
ここでとうとう「藤吉郎」の出番です。
この納期遅延連絡という ”作品” で、誰を秀吉扱いするかといえば、もちろんお客様自身ですね。
⑥「貴方様」におかれましては、
とお客様をクローズアップして ”作品” の舞台に上がってもらいましょうか。
(もちろん相手に対する呼びかけは「◯◯様」など適宜に使い分けます)
そして信長が(というか司馬さんが)やったように、⑦と⑧でお客様自身が対応すべきミッションをさりげなく示唆する、などはかなり有効なのではないかと・・
「弊社のミッション」はお客様にとっては「他人事」
ここでつい我々は「来週中には○○するようにいたします」など ”弊社側のミッション” を示してなんとかお客様を鎮めようとしがちです。
ですがここではグッとこらえて、あくまでも「お客様のミッション」を組んでいきます。
というのは、「弊社側のミッション」は当然ですがお客様にとっては「他人事」なので、意識を左右に振られたところで急に無視されたのと同じことになるためです。
そうなるとお客様はこの物語の演者として「弊社側のミッションを監視、督励する」という役割を果たすくらいしかすることが無くなってしまう。
弊社はお客様に言い訳してなんとか鎮めようとしているのに、演者に役割を振らなかったがゆえに自らの首を絞めることになります。
戦うなら敵地で
「信長は自分の領土で戦わなかった」というのが、晩年の前田利家の言葉にあります。
受け身の戦いをせず、常に敵地に踏み込んで雌雄を決するのが信長のスタイルだったようです。
ということで、せっかく信長を引き合いに語っているのですからそれにあやかり、弊社も ”ミッション” はお客様の領土に持ち込んでみましょう。
そんなことできるの?と言われるかも知れません。
しかもメールで。
もちろん遅延で迷惑をかけている側として、お客様に指示みたいなことができる立場ではない。
とはいえ「お客様物語」は、このときにも何らかの形で流れてはいるはず。
ゆえに、そこに絡んでゆくストーリーならば比較的組み易く、私自身も実行していることがあります。
発注担当者=エンドユーザーとは限らない B to Bの取引
たとえばですが、
B to Bの取引だと、依頼者がエンドユーザーではないケースがよくあります。
発注担当者が部署の窓口担当や社の庶務担当で、納品が遅いとその方々がユーザーたちに責められていることも多いですね。
このときの窓口担当者さんが、B to Eの実施者に思えてしまう私です。
B to Eとは会社が「個人としての従業員」に対して実施するサービス等の提供ですが、庶務的な仕事を拡大解釈し、イントラ等で社員からのオーダーを受け付けて商品を提供する商取引だとします。
ここでは、弊社への注文窓口を担って頂いている担当者の方を、B to E事業者としましょう。
そこで⑦〜⑧(ミッション)の文面は、あえて窓口担当者を飛び越えて、あからさまにエンドユーザー向けの物言いにする。
ユーザーの個人名はわかりませんが、「ご利用者様」あるいは「ご利用者の方々」で充分です。
まずは弊社から直接にエンドユーザー様へのお詫びを申し上げつつ、返す刀で、窓口担当者の方には受注の時点から大変お気遣い頂いていた旨をできるだけ詳細に申し述べ、「それにも拘らずこんな事態になった」と書く。
お客様を①エンドユーザーと②発注担当者に明確に仕分けしたうえで「担当者のメンツを立てる」を実践してみるわけですね。
社外の人間がそう言うと納得するのかわかりませんが、ある程度エンドユーザーの方々から発注担当者への攻撃は、この行為によって鎮静することが多いという実感を持っています。
そのせいかわかりませんが、これをやると窓口担当者がシンパになってくれることもあるし、少なくとも覚えてもらえる効果はあるようです。
ともかく、本来は「弊社のミッション」であり、お客様にとっては「他人事」であるはずの文言を、お客様の人間関係にズカズカと踏み込んだ状況で発してみるとなぜか連帯感が生まれ、共通のミッションのごとく見映えを変えることがあるのは興味深いことです。
まれに、お客様サイドの人間関係がギスギスしていてコミュニケーションが円滑でない場合では、これをきっかけに弊社が「相談相手」に格上げされてしまうケースまであるほどなので、やりようによっては想定外の効果をあげることがあります。
赤字の⑥でお客様を舞台上の重要キャラに仕立て、そこへ弊社も図々しく登壇し、恭しくご挨拶して「弊社のミッション」を語る。
そのことで発注担当者ご本人が「一緒にユーザー対応する仲間」になることもあれば、エンドユーザーまでを巻き込んで「共に” 納期” と戦う同士」になることさえあります。
ゆえに、安定的に司馬さんの①〜⑧が出せたらなぁと思うのですが、なかなかそうもいかないのが現実ではありますね。
以上、あくまで一例に過ぎませんが、謝罪文章を司馬遼太郎レベルで書く試みでした。