「テコ入れ」はいろいろな場所で聞かれる言葉ですね。

特定のタイミングで、全体の中のキーポイントに対して、一時的に通常よりも多くの資源を投入し、その部分からのリターンを加速させる狙いのことをそう評するのが一般的かと思います。
”部分強化作戦” とでも言うのでしょうか。
”部分” は ”全体” に影響する当然の理
勝負どころに力をかけるのは、ごく自然な発想ですね。
しかし、通常とは違う出力体制を築いて、エネルギーの調節をしながらその他一切のことをするストレスは存在すると思います。
規模が小さいと気にならないかもしれませんが、規模次第では結構な混乱を呼んでしまうので、事前に相当細かく詰めておかなければならないでしょう。
一世を風靡した「部分」の舞台裏
日産GT-Rの開発総責任者だった水野和敏さんの話で印象に残っているのが「GT-R開発では多くの技術的な試みをしたが、それと同時にソフト面の基準をたくさん作った」というものです。

たとえば「時速300kmでのスタビリティの評価基準」「時速250kmで片手運転できる走行安定性」など、アウトバーンで世界一危険なテストを行う際の基準なんてものは、日産の中には無い。
そういったものはGT-R開発をするにあたって新設しなければならない。
シロウトの ”後付け” を ”あらかじめ” 段取りできるプロフェッショナル
GT-R開発時の実験基準の話も、後から聞けば「そりゃそうだよな」と思うことですが、”後から” ではなく ”あらかじめ” 精密なものをしっかりと作り込んだうえで、事に臨まなければならないわけですね。
ご自身がエンジニアのひとりで、設計から製造、それにメーカー交渉もテストも、さらにはプロモーションに至るまでの現場経験が豊富だった水野さんの強みを活かした各種基準制定が、すべて上手く機能してのGT-Rだったのかなと思いました。
強力な「部分力」を持ったら、失った時のバランスを保つ善後策を
レーシングマシン並みの圧倒的パフォーマンスを持ちながら、他社製品と比較すればスペックの割に安価で、かつ購入後のアップグレードまで面倒を見る至れり尽くせりを実現するという、色々な意味でハイレベルな製品GT-Rを自社内に持つことになった日産。
当時の日産内部がどんな状態だったのか、まったく無関係の私は知る由もありません。
でも、ひょっとするとそんな日産には、仮に水野さんが一線を離れたり、さらには退社しても全社的な機能がそのまま維持されるよう、会社を上げて「水野ロス基準」を策定しなければならなかったのかもしれません。少なくとも水野さんの周りのメンバーだけにその役目を任せるのは筋が違う。

「部分強化」は限定範囲だけのプロジェクトではなく、どこかに力が集中するがゆえの全体的なバランス調整が求められる。
規模が大きければ大きいほど「全体的バランス調整」はその難易度を増します。
それは「システム導入」でも同じではないかということが言いたくて、ちょっと長めにGT-R話を引用してみました。
<雑談は続く>







