現場は「システムが完成してからが仕事」です。
「システムを完成させたことが成果」となる層とは立場が異なります。
シナリオの時間軸が違う、とでもいうか・・

実務に役に立つことが何よりも重視される「実質本位」で現場は動く。
そして実質本位ゆえ、システムの出来具合に対する評価はシビアになりがち。
・・という実情について考えてみます。
「クレーム」じゃなくて「アセス」なんです
システム開発時の手落ちによる業務の不効率と、それによる収益減または利益圧迫(つまり失敗)が、自分たちの責任に転嫁されるリスクが高い、現場の実務担当者たち。
その ”失敗” の影響で「こんなに人がいても意味がない」という結論になり、雇用を切られる非正規労働者は存在する。

そして、人員減のしわ寄せを受ける残りのメンバーには重い負担増が課せられる。
これはたまったものではない。
そんな現場には、単純な ”業績が悪くて叱られた” という古き良き時代の空気感は無い。
新システムの至らなさを継続的にカバーし続けられる弾力性が、すでに失われてしまっている現場も多いでしょう。

このように、”システムに対する現場のシビアな評価” は、必ずしも意思決定した上の方々を責める目的ではなく、新しいシステムが導入されたことによる環境の変化に対応するための「アセスメント」ゆえのことです。
あくまでも「アセス」なので感情を排除し、合理的な判断に基づいて行われます。
「クレーム」「称賛」いずれも早期の決めつけは禁物
シビアゆえにネガティブ感が強くなる傾向はありますが、エンジニアが開発時のフールプルーフでユーザーの広範囲な誤操作を想定するのと同じく、ユーザーがシステムを扱うにあたっての慎重思考も必須のものです。

つまり、カットオーバー直後に上がる「使いづらい」の声は、不慣れなための戸惑いや試行錯誤による見当違いもありますが、一概に「文句を言っている」だけとは言い難い。
(逆に言えば「便利になった」のポジティブメッセージも、視野の狭さの裏返しである可能性を疑ってかかる必要がある)
このため「新しく入ったシステムが使いづらい」は字面的にはクレームっぽい響きですが、単純な感情論とは分けて考えたほうが実態に即していると思います。
そんなわけで、新システムのアラを探す作業をしているときというのは、いろいろな可能性を思考しながら無感情で実施することも、意外と多いと思います。
感情は「システム」に対してではなく・・
もしも感情が頭をもたげることがあるとすれば・・
・・合理的判断に基づいた具体的事象を丹念にまとめ上げて資料化し、それを示しながら
「せめて保守の範囲で構わないので、この点だけでも修正してもらえませんか」
と要望した際に、芯を喰わない言い訳を並べて実施を渋る上層部の醜態に直面した時くらいです。
合理的な説明がなされれば歩み寄るのもやぶさかではないが、現場に踏み込むこともせず、そのいっぽうでシステム要件に関する認識も浅い状態では、とうてい現場の真摯な声と渡り合うことはできないでしょう
(どっちか片方だけでも精通していれば、ぜんぜん違うと思うけど・・)
<雑談は続く>








