現場は新しくできたシステムにダメ出しをする
なぜなら最も頻繁に使用する末端作業者の意見が反映されず、言葉によるフィードバックも無いから・・
ありていに言えば「システム改編に必要な、”ある種のコミュニケーション” に失敗している」ということになります。
実務現場で感情抜きに行われる「新システム導入直後のアセスメント」について、前回記事に書きました。
システム導入のプロジェクトメンバーがどれだけ良いものを作ったと主張し「オレたちの仕事が信用できないのか!」と圧を掛けてきたとしても、現場に投入されたら真っ先にこれが実施される。

べつに「アセス」なんて大げさな単語は使わなくても、実務の中に新たに加わった要素を各担当者が腹に落としていく作業の中で、それは自然と行われていきます。
「完成したら仕事は終わり」ではないシステム開発
”完璧な要件定義” は、現場のあらゆる動きを完璧に掌握し、それをエンジニアに完璧に伝え切れたときに成し得るものだと思いますが、それがいかに無理筋な話かは、これまで書き綴ってきたこの雑談シリーズで示したとおりです。
つまり
「なんか新システム使いづらいですね」
と何気なく感想をもらした時に
「何言ってるんだ。あれだけ時間かけて大勢で議論しながら作ったシステムなんだぞ!」
と、物量作戦で作ったからカンペキなシステムなのだという主張とか

「各部署の意見を集約して作られたシステムが『使いづらい』だと? お前は何もわかってないんだ。ゴチャゴチャ言うな!!」
と、各部署で発言力(だけ)がある人たちへの忖度みたいなお説教には説得力を感じない。
(末端作業者たちの声なき声を聞いてないからこんなお粗末なシステムになったんでしょ?、と)
「かけた時間」とか「関わった人数」は、完成品のクオリティとの明確な因果関係はない。
あと「かけた予算」も同じことです。
であるにも拘らず、それらを振りかざして現場をねじ伏せようとしたら、表面上は大人しくなったとしても、内心に燻るものは消えない。
当社に【システム開発のリテラシー】は有るのか?
「もうこの内容で作っているのだから、現場はつべこべ言わずにシステムの動きに沿って働け。システムは完成したんだ!」
というのが上席の主張なのでしょう。
ですが、会社事業における実務というものは、そういうことではないと思う。

極論ですが、皆が「完成した」と言っている状態のシステムはいわば『半製品』で、各現場における『仕上げ』の段階を踏んでこその完成であり、そこまでを以て ”システム開発” だという感覚です(もちろん私見です)
評価はそのとき初めてなされるというのが、形骸化(ただのイベント化)しないシステム開発になり得るのではないでしょうか?
「それが当社のシステム開発リテラシーだ」というシナリオが組めたらとても強い。
ということは逆に
「今日から新システム稼働だから、経験を活かして臨機応変でよろしく」
という方式の運用だと
「ああ、次の改編も失敗するんだろうな」
と思わざるを得ない・・
<雑談は続く>







