「君が来るなら、うちの新見も呼べばよかった」
これは『燃えよ剣』の中で、芹沢鴨が土方歳三に言ったことです。
近藤勇と二人だけの道中のはずが、途中で追いついて来た「近藤の相棒」を見た芹沢の言葉がこれだったわけですね。
小説内の架空のセリフとはいえ、スッと腹に落ちるリアル感があります。
浪士組から離脱して京都に居残った近藤勇と芹沢鴨が、自分たちの一団を会津藩のお抱えにしてもらうべく、交渉を画策する中での一幕です。
今風に言えば「ロビイング活動中のワンシーン」ですね。
「土方の策略」という強めの演出
先ほど書いたとおり、当日は近藤と芹沢の二人だけで会津藩邸に向かうのですが、途中で土方が追いついて同行することになります。

出発の際、馬が3頭用意されているのに気づいた芹沢がその不審を問うた時、近藤がとぼけた理由はこれでした。
土方は近藤の引き立て役として、会津藩士との話し合いに自身を参加させる策略だったのです。
「司馬史観」は「司馬演出」
もちろんこれは司馬さんの創作だと思いますが、こういうシーンを繰り返し挟まれると読み手には無意識に『近藤派 vs 芹沢派』が浸透しやすくなるでしょうし、そうやって物語を盛り上げる狙いなのでしょうね。
私が新選組内の派閥抗争を強めに捉えてしまった理由は、こういう積み重ねではないかと思います。
それにしても『うちの新見』とはね。

ちなみに、ここで「土方に謀られた」とまでは思っていなさそうな芹沢の鷹揚さが、この人物のお人良しぶりを演出していて、ちょっと同情を引きます。
永倉新八は芹沢に好意的だったと聞きますが、なんだかわかる気がする。
いずれにしても「うちの新見」が芹沢や近藤と同格の局長職になったのは、どう考えても ”芹沢のゴリ押し” だったように思われます。
あるいは近藤側から「芹沢が最も大事にしている同士は立てとかないと」と、 ”芹沢への忖度” が働いた線も考えてしまう・・どっちだったんだろう?
警部と警視って、どっちが上だったっけ?
ちょっと別な角度から【人事の妙】についての喩えをはさみます。
胡桃沢耕史さんの『翔んでる警視』という小説です。
東大卒で、国家公務員の上級職試験を3番で合格した秀才・岩崎青年が、殺人捜査に熱意を燃やすがあまり、中央省庁ではなくわざわざ地方機関である警視庁に入り、一生を現場で送りたいと願って捜査一課へ配属になるところから始まります。
彼は典型的なキャリア官僚ですが、そうなると一般の警察官とはかなり違ったコースをたどることが、作品内で説明されています。

研修期間は通常の半分(6ヶ月)、しかもその時の階級はすでに警部補。
研修が終わると警部として現場に配属される。
東大卒だとせいぜい3ヶ月程度で警視に昇進する・・ということだそうです。
そしてこれも作品からの引用ですが、警視と言えば、ヒラの巡査からスタートする一般警察官の場合、よほど優秀で運にも恵まれた一握りの人物が、その警察人生の最後に辿り着けるかどうかの高い階級らしい。
しかし岩崎は連載2話目のエピソードで、はやばやと警視の階級に到達しています。
そしてこの際に、興味深い人事が成されます。
「格上の部下」「格下の上司」は認められない
このときの岩崎の上司である捜査一課長は、叩き上げでその地位を得た優秀なベテランですが、階級は警視のひとつ下の警部。
つまり、部下の岩崎と同格です。

ある朝、課員を集めて「本日付で警視に昇進した」と自分自身の慶事を伝えると、皆はこの人望厚い課長を祝い合います。
そしてその一方では(これでオマエもデカいツラ出来ないだろ)と25歳の生意気なエリートに冷たい感情を抱く。
しかし課長は続けて「岩崎君も警視になった」と、驚愕の事実を告げる。
人事発令は課長のほうが1時間ばかり早いので先任になるが、階級はまた一緒になる。
大きな人事が同時に2つも発生した理由を、課長はこう説明する。
「どうも東大卒のキャリアをいつまでも警部のまま置いとけないということで、私も押し上げられる形で昇進させてもらった」と。
警部が警視を指揮することは統制上できないからそのような人事がなされたというのです。
これでは昇進したとはいえど、課長はかなりいい面の皮かもしれません。
自身の働きが認められたわけではなく、エリートの昇進人事が尖っていたゆえのとばっちりという言い方もできるからです。
プライドの高い人なら、辞令の上に辞表を叩き付けるという意趣返しの衝動に駆られるかもしれない。
じつは、これと同じことが新選組でも起きていたのではないかというのが「芹沢と新見は、それほど昵懇の仲でもなかったのじゃないか?」の理由です。
そのあたりを、新選組結成前の関係に遡って考えてみることにしましょう。
<続く>









