【感情会計】善意と悪意のバランスシート

善と悪の差し引き感情=幸福度

ケアレスミスの相手が悪かった・・

今回も新選組関連の仮説です。

資料から浮かび上がるわかりやすい疑問に突っ込んでみます。

 

「いや、それはこういうことだよ」

と、解説ができる方はぜひ教えていただきたいです。

 

 

会津藩役人への疑問

いつもの調子で行なった報告の中にミスが存在し、運の悪いことにそれが後々目立つことになった。

 

世間に対して精度の低さを露呈し、結果として所属組織の信用性に疑問符が付けられる羽目になった、という話をしてみます。

前回記事で『会津藩庁記録』に記された新選組の隊士について少し触れました。

 

立ち上げ当初の新選組の人数が、一般的によく言われる「13」では近藤勇と芹沢鴨の勢力に差が出過ぎてしまうので、全体のパイを少し広げようと会津藩の公式記録を持ち出し、人数を「19」にしました。

blog.dbmschool.net

 

ここですでに異論を持つ方も居られるでしょう。

「それはおかしいぞ。『会津藩庁記録』に書かれた人数は ”20” のはずだ」と。

 

人数が合わないのは座敷童のせいか?

たしかに『会津藩庁記録』では隊士名羅列の最後に「〆弐拾人」との記述があり、こう書かれている以上、この資料から導き出すべき人数は確かに「20」であるべきです。

 

しかし、そこに書かれている人名の数を数えると19人であるのも確かなことです。座敷わらしのしわざか?

子母澤寛さんの『新選組遺聞』でこのくだりを見ながら、何度も指差しては数えるのですが、そこには19人の名前しか書かれていない。

 

にもかかわらず最後に「〆弐拾人」とある。

この不一致が気になりました。

 

原典に当たってみよう

そこで『会津藩庁記録』の紙面を公開している「次世代デジタルライブラリー」というサイトで確認してみました。

次世代デジタルライブラリー

このサイトで「本文」のタブを選択し、検索枠に【江戸浪士】と入力して虫眼鏡をクリックすると、「178コマ」という情報がヒットしますので、この情報名をクリックすると該当ページへジャンプできます。

 

これによれば、浪士組に参加した20名と、病気により不参加だった4名がおり、不参加の4名は記載された人名の数と一致しています。

 

問題なのは参加組。

並べてみましょう。こちらの顔ぶれです。

 

①芹沢鴨 ②新見錦 ③近藤勇 ④根岸友山 ⑤山南敬助

⑥佐伯又三郎 ⑦土方歳三 ⑧沖田総司 ⑨井上源三郎 ⑩平山五郎

⑪野口健司 ⑫平間重助 ⑬永倉新八 ⑭斎藤一 ⑮原田左之助

⑯藤堂平助 ⑰家里次郎 ⑱遠藤丈庵 ⑲殿内義雄

 

永倉新八が『同志連名記』で挙げた13名以外の顔ぶれとして、こちらの資料では④根岸友山と、私が注目している芹沢派の⑥佐伯又三郎、それから永倉が ”同志” に入れていないのが意外な⑭斎藤一、あとは最後に続けて並ぶ家里、遠藤、殿内の3名で、全部で6人います。

 

ということで、〆て19名でございます(にしか私には見えない)

このように、元の記録をたどっても不一致が解消されません。

 

会津藩役人が犯したミス?

じつはこの隊士名の記録については、名前表記に誤字らしきものが散見(山南啓助、土方歳蔵など)されます。

 

この「江戸浪士」に関する記録を差立てたのは会津藩士の田中土佐と横山主税の二人です。

自治体職員の、現場勤務担当といった役回りでしょうか。

私と同じような「ノンキャリア組の役人」を彷彿とさせます。

あまり質の高い仕事は期待されていない立場とでもいうか・・

ならば、多少のミスがあるくらい織り込み済みだったかもしれませんが、それはあくまでも内輪の話であって、外から見た視点でシビアに評価されるのは避け得ません。

 

案の定、『新選組遺聞』でもこの点について指摘されています。

該当部分を引用してみましょう。

この報告こそ一番正しかるべき筈であるけれども、姓名の書き方に誤りが目立ち、後ち公式に新選組編成後の、幹部就任の顔ぶれから見て、これまた多くの疑を持たざるを得ない。

と、かなり手厳しい。

 

 

そして、私が引っかかる点がもう一つあります。

 

病気で参加しなかった4名の名前などは、いわば ”余計な情報” であり、これを正確に書き記す必要が、果たしてあったのだろうか?

 

なんとなくですが、情報の取り方に少しいびつな印象があります。

「これも近藤たちが言っているから書いておこう。ついでだからな」

とでも語り合ったのでしょうか。

 

上層部が求める情報の本質を捉えていないと、軸にすべき情報と、肉付け程度の情報が使い分けられず、なんでもかんでも同じトーンで報告してしまうあの現象が思い起こされ、身につまされます。

 

幻の新選組隊士の存在を匂わせるケアレスミス

しかしそんなことより、田中土佐と横山主税の両人は、参加人数の不一致を引き起こしているのが問題です。

 

陳情に来た近藤や芹沢が説明したであろう居残り浪士組の人数について、ただの数字の書き間違いで「弐拾人」としたのか?(つまり実際の浪士の数は19人だったことになる)

 

でも、「壱拾九人」と説明を受けた側が、それを記録するときに「弐拾人」と書き換える意味がわからない。酔っ払ってたのか?

ならば、近藤や芹沢が説明した隊士数はやはり「弐拾人」で、その内訳を報告書に書く際に1名分書き漏らしてしまったのか?

 

これは気になりますね。

その場合はもう一人、記録に残っていない隊士が居るということになります。

「なろう系」小説のトリガーになるかもしれません。

 

あくまでも私個人の偏見ですが、どうも田中土佐と横山主税の仕事ぶりを疑ってしまう。

 

彼らにしても、文久3年の3月に受け入れを嘆願してきた浮浪集団が、まさかそんなにビッグネームになろうとは夢にも思っていないでしょうから、

 

「ハイハイ、浪士さんたちね」

 

と軽い気持ちで事務作業をしてしまったのではないかと考えると、中堅以下の役人の仕事ぶりを想起させて実に面白い。

 

これがケアレスミスだとしたら、この二人にむしろ親近感をおぼえてしまう私なのでした。