「初期の新選組に派閥争いは無かった」という仮説で幾つかの記事を書き綴っています。
司馬さんの著作の影響で生まれた ”自分なりの司馬史観” に対するわずかな抵抗を試みているところです(笑)
これまでの経緯
自説を裏づけるため、最初に「時間的な制約から逆算すると派閥抗争はムリ」という説明をしました。
次に「芹沢派No.2とされる新見錦は、じつは芹沢と昵懇の仲じゃない」を挙げました。
このため、かなり新見錦にスポットを当てることになったのですが、これがなかなか難しかった。
芹沢のインパクトが強すぎて新見が目立たないうえ、新選組内で短命(半年)だった芹沢よりも、さらに半月ばかり前にこの男は世を去っている。
色々とカギを握る存在でありながらこれといった記録が少ないため諸説甚だしく、『新見錦』を目掛けて迫っていくと、たちまち ”諸説” が目の前にいくつも現れる。
こうなると、どれを元にブログを書いたら良いのか、迷ってしまうことになります。
結局のところ、正面から取り組んでも埒が明かないなら ”司馬史観への抵抗” は、行間から覗く僅かな手がかりを駆使するしか方法がなさそうです(笑)
というわけでこの新見の問題、私にとっては新選組関連における司馬史観の本丸である『燃えよ剣』に、さっそく手を付けてみましょう。
【司馬史観】による芹沢派と近藤派の闘争劇
『燃えよ剣』では土方が新見錦を切腹させた後、そのまま屯所へ戻って報告するシーンへとつながります。
土方の断行と時を同じくして、近藤と芹沢は屯所で差し向かい、討論の真っ最中。
新見粛清への賛同を迫る近藤と、それを適当にいなそうとする芹沢という構図です。
そんな火種に、土方は無造作にぶっ放すことになります。

土方が淡々と ”局長の切腹” を報告すると、当然ながら芹沢は驚愕し、そして激怒する。
なんといっても新見は芹沢の「腹心」ですから。
少なくとも『燃えよ剣』の世界観の中では・・ですが。
煽りすぎて宣戦布告になる土方さんのやり過ぎ演出
険悪な状態になりつつもその場はそれで収まりますが、後刻、今度は近藤と土方が座す部屋に、芹沢が自派の平山五郎、平間重助、野口健司を伴って現れ、二人を詰問するという展開に入ります。
平山などは、人を斬る時の姿勢(クセ)を保ったまま二人と向き合っているので、完全に臨戦態勢と言ってよいでしょう。
「どうして新見を死なせたのか」という芹沢の追及に対し土方は
「士道不覚悟」のフレーズだけで押し返す。

このときの土方はあらかじめ芹沢一味の来訪を予測しています。
近藤に向かって「オレたち二人がそう簡単に斬られるものか」といったある種の粋がりを口にしている。
芹沢が自分たちの命を奪いに来る想定のもとに有ることは確かですね。
さらにはいきり立つ芹沢たちに対し「あんたは隊内で戦争をする気か。そうなれば江戸以来の我らの同志がたちどころにこの部屋へ斬り込むぞ」といった恫喝までしてみせます。
「無茶な煽り」を「ワクワクするスリル」に変換する司馬さんのテクニック
険悪な状態の相手に対し、戦いを避けようとするなら「戦い」を想起させるフレーズは使わないと思いますが、土方は自分からそれを芹沢たちに聞かせますから、事実上の宣戦布告といった感じがします。
これが、文久3年9月の初め(5日か6日)のことです。
芹沢暗殺が9月18日ですから、大詰めも大詰め。
互いに戦いの意図を明かし、全面的な戦闘状態に入ったと見るべきでしょう。
スリリングな展開に昂ぶる感情のまま、これを「司馬史観」として ”派閥争い” を信じるほうが楽ではありますが、あえてこれを「すべてが司馬さんの演出」と言い切るため、想像力を働かせてみましょう。
<続く>







