「ドライバーを尊重すること」
と
「ドライバーの人間性にコミットすること」
の切り分けが不得手だったことが、悪しきパターン化を生んだのでは?
という結論を先に言ったうえで、前回の続きです。
直視すれば「弱点」に過ぎないが、目を背けたら「欠陥」になってしまう
チャンピオンドライバーを何人も輩出するほどの強豪だったウィリアムズチームを率いてきたフランク・ウィリアムズ。
しかし、チャンプを獲ったドライバーを足蹴にするように手放し、最後にデイモン・ヒルを「いつものように」追放したところで命運が尽きてしまった・・

昔のF1が好きならぜひこれを! おすすめの動画です
遅れ馳せながらご紹介しますが、最近お気に入りのYouTubeチャンネル「フルパワーモータースポーツチャンネル」
こちらの動画は大変魅力的で、膨大な元情報を丹念に読み込んで、テーマに合わせてチョイスする編集力もさることながら、単なる情報アウトプットではなく、ご自身の価値観を随所に開陳しながらも進行に停滞を生じさせないテンポの良さにトークセンスを感じます。
情報量の多さの割に、それを感じさせない語り口調も魅力ですし、この方自身が相当に精通している強みが常に底流にある様子も、動画の質を上げる要因になっていると思います。
ちなみに今回の記事(前編・後編)を書く動機のひとつになったのはこちらの動画です。
セナ死亡でF1視聴のモチベーションが下がってしまった私ですが、「ヒルがチャンピオンを穫るまでは」という思いで96年まで見続けた。
それほどヒルを応援していたため、この種の動画は大好物です。
この方がアップされている動画は、昔のF1ファンは大いに引き込まれることと思いますし、現在のF1ファンでもこの当時の事情に憧れを持つ方は多いようですから、どちらのファンにも非常に興味深いチャンネルだと思います。おススメです。
相思相愛 ⇒ ウィンウィン の関係性が望ましいが・・
閑話休題
中堅チームで突出した成績を挙げたドライバーが「もっと強いチームのマシンで走りたい」と願う。
更なる勝ちを積み上げたいなら当然の願いでしょう。

一方、強豪チームは良いドライバーを獲得して、チームの強さをより盤石なものにしたい。
チームはコンストラクターズタイトルの争いがあるので、強いドライバーの加入は必須です。
出世したいドライバーと、強豪状態を維持したいチームの利害が一致し、相思相愛の形で一流チームへの移籍が行われるのはよく分かります。

そしてウィリアムズは「移籍を受け入れる側」ですから、そのドライバーがチャンピオンを獲得したなら、今度は囲い込みに回るというのは自然な姿なのではないか?
普通はそう思うでしょう。
しかし、ウィリアムズではそうではなかったらしい。
フランク・ウィリアムズが持っていたドライバー観(弱点 ⇒ 欠陥)
こちらの動画の中で少しだけ触れている「フランク・ウィリアムズが根本的に維持しているドライバーとの関係性」がとても気になりました。
今回の記事を書く直接のきっかけは、こちらのほうになります。
この動画の10分10秒くらいから約1分程度述べられている「フランク・ウィリアムズのドライバーとの関係性の作り方」が、結構エグイ。
「レーサーというのはいつ死んでしまうかわからない職業なので、あまり親しくなりすぎないほうがよい」というのが、フランクの ”ドライバーとの付き合い方” の基本であったようです。
F1ドライバーは極めて特殊な職種なので、一般企業にスライドさせた言い方が適切とは思いませんが、こういう文脈ができてしまう。

「社員というのはいつ辞めてしまうかわからない連中なので、あまり親しくなりすぎないほうがよい」
社長がこの考えでいて社員が気持ちよく働ける環境が作れるのだろうかという疑念が浮かびます。
「社員」が欲しいんじゃない!『役に立つヤツ』を "使いたい" のだ!!
フランク・ウィリアムズ曰く、1996年にジャック・ヴィルヌーヴをチームに迎え入れた理由は「勝てると思ったから」で、ジャック自身と話したことはほとんど無いとのことです。
「業績を上げてくれそうだからアイツを雇ったにすぎない」という虫唾が走るフレーズがこれほどマッチするケースも・・というより、打算をこれほど抜け抜けとカミングアウトするケースもそうはないのでは無いかと、少々唖然とします。
前回記事の冒頭で述べた "「成功」の前に必要な「成功を受け入れる準備」は教育されない" の話に戻りますが『ドライバーと親しくなりすぎない』が信条であったのはともかく、自分のチームが超一流になる勢いに、フランクの自我がついていかずに未成熟さがひときわ目立つ形で表出してしまった感はありますね。

フランクほどの人物ですから、チームの躍進が彼にとって分不相応な成功だったとは思いませんが、少なくとも成功の勢いによって陳腐化してしまった彼のドライバー観がアップデートされなかったのは致命的だった気がします。
じつはフランク・ウィリアムズが ”義理人情親父” であった世界線はどうか?
逆説的に考えると、フランクは元々「ドライバーと親しくなる性質」が強かったのではないのかという疑問も浮かんできます。
結果を出せず苦悩するドライバーに、自身の不遇時代を重ねて感情移入してしまうとか・・

自身のその傾向をよく理解していたからこそ、プロに徹するためにあえて「親しくなりすぎないこと」を信条化していただけなのだとしても、それは他者にはわからないことですし・・
調べてみると、1970年代最後から80年代初頭の、まだ若いチームとしてがむしゃらに前進し続けた時代にも2名のチャンピオン(アラン・ジョーンズとケケ・ロズベルク)を輩出していますが、彼らは翌年も残留してウィリアムズチームで戦ったようです。
フランクはドライな「ドライバー観」を持っているはずですが、チームが ”圧倒的強者” でなかったゆえ、せっかく誕生させたチャンピオンドライバーをごく普通に『尊重』したのでしょうか。
フランク自身が自制してそうしたわけではなく、外的な条件がフランクの自我を制御していた、と考えると面白い。

我々だって結構、愚にもつかないことを考えつつも実行には至らずにいます。
しかしそれは自分自身の人間性で抑えているのではなく、臆面もなく自我を出せるほどの強者になれていないからという実態があります。
フランクもそうだったのかな?・・と。
実のところ、もともとウィリアムズチームそのものが技術力に傾斜する方向性を保持していたようなので、ドライバーに対するフランクのドライさにはあまり違和感は無い。
ですが、ひょっとすると「見たくない自分自身の弱さ(人情)」を「歪んだ自我(ドライなドライバー観)」でコーティングして過度な封印を行なったがゆえに、必要なアップデートが行われないまま成功の波がフランクを襲ってしまった・・
そう考えると「フランクの裏の顔(人情親父)」でもう一つドラマができそうな気がします。







