感情会計-善意と悪意のバランスシート

財務諸表から逆算で人心を読むテクニック

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オールドファンを置き去りにする「人気の素」

岡田惠和さんが脚本を書いたドラマに『イグアナの娘』があります。

原作の漫画には登場しなかった三上伸子というキャラクター(佐藤仁美さん)がいて、当時の私はすっかり魅了されました。彼女が出てくるたびに泣けてくるのです。

 

岡田さんは「三上伸子という登場人物は、いないことが考えられないくらい当然のようにストーリーに入ってきた」といった意味のコメントをされていましたが、非常に納得できました。

 

しかし、このような原作と大きく異なるキャラ設定がきっかけで人気が出ると、もともとの原作ファンの中にはそれを良く思わない人もいます。

 

例えば『封神演義』における申公豹などもその代表例かもしれません。

 

私は安能務さんの封神演義を先に読んだため、主人公の姜子牙(太公望)よりもむしろ申公豹に魅力を感じていた一人なので、のちに原版のほうを読むと、淡々とした展開に物足りなさを感じました。

 

安能さんは封神演義がよほど好きだったのでしょう。

 

だからこそ「自分がこの話を書くならこうする!」と折に触れて考えていた結果が、原版では取るに足らない役どころの申公豹が擁する魅力であり、原版では全くの別物だった雷公鞭や黒点虎であり、原版にはなかった太上老君老子)とのコネクションだったのでしょう。

 

安納版の小説が持つ魅力がきっかけで藤崎竜さんの漫画が誕生し、『封神演義』はもともとの原版ファンが眉を顰めるほどの力ずくの設定変更が施されて大ヒットしました。

 

素材の良さに惹かれるオールドファンの嘆きはわかりますが、その素材は想像を超える伸びしろを持っていたということで、膨張したヒットぶりには目をつぶらざるを得ないと思いますし、それほどの作品の魅力に“素材”の段階で気づいていたことは自慢できることかもしれません。