【感情会計】善意と悪意のバランスシート

財務諸表から逆算で人心を読むテクニック

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なぜセリフを変えた

もう数年前のことですが、実に久しぶりにジャッキーチェンの『拳精』を見ました。

 

子供の頃、土曜日の夜に放映されていた「ゴールデン洋画劇場」でジャッキーの作品が度々流れていた頃以来と言ってよいくらい、本当に久しぶりでした。

 

私が子供の頃に見た記憶で『拳精』のストーリーをまとめると・・・

 

少林寺に住んでいる一龍(イーロン)という不真面目な修行者が主人公の物語。

伝説の秘伝書「五獣の拳」が忽然と姿を消した少林寺に、ある晩盗賊が侵入し、最も危険とされる「七死拳」の書を盗み去った。

 

『五獣の拳がない今、七死拳を悪用されては少林寺の力をもってしても、その使い手には太刀打ちできまい』

 

騒然となる少林寺に、ある晩隕石が落下し、さらに大騒ぎになる。

不吉の前触れではないか? そんなある日の晩、イヤイヤながら寝ずの番をしていた一龍は、ヒマにあかせてヒビの入った壁をごそごそと探っていたところ、奥の方からボロボロの書物を引っ張り出すことに成功する。

 

表紙を見てみるとなんと「五獣拳」。

あの隕石の衝突で、ついに見つかったのだ。

 

しかし、万事のんきで不真面目な一龍は、何よりも自分の眠気のほうが大事。

誰も見ていないのをいいことに、そのまま寝てしまう ・・・が、久方ぶりにシャバに出られた書物から、龍・蛇・虎・鶴・豹の五獣の精たちが現われ、一龍にいたずらを始め、たまげる彼との不思議な交流が始まる・・・。

 

一方、少林寺が恐れていた「七死拳」の使い手が、ついに姿を現す。街に下りた僧たちが問い詰めても、とぼけて犯行をくらまし、改心する様子も見せない。

僧たちは大いに憤慨するが、なにせこの男には誰もかなわない。

 

悪事が繰り返される状況に、責任とメンツをかけ『誰か』が少林寺を代表して戦いを挑まなければならなくなった。

 

五獣の拳のことを何となく報告しそびれていた一龍は、毎日5人の精と龍拳・蛇拳・虎拳・鶴拳・豹拳の特訓を繰り返します。

 

いたずらから始まった関係のせいか、彼らの交わりはいつでもコミカルに行われ、特訓というよりじゃれ合っているようにも見えますが、一龍はいつの間にか少林寺の誰をも凌ぐ実力を手に入れています。

 

しかし、誰もこの不真面目な一龍にそんな力が備わっているとは知らず、『五獣の拳の書さえあれば・・・』と嘆き、七死拳の使い手に立ち向かう戦士の選定を急ぎます。

 

結局、五獣の拳の書と、身に付けた五獣拳のことを隠したまま、一龍がその実力の片りんを見せて七死拳と戦うことになるというのが『拳精』のストーリーです。

 

私が久しぶりにDVDを借りて見たところ、なぜか敵の技が「七死拳」ではなく「必殺拳」という冴えない名前に変わっていました。

 

「七死拳」のほうが、何やら詳しくはわからないが、秘めたる何かを内包しているイメージがあって、子供の頃ワクワクしたことをよく覚えています。

 

まだ北斗の拳はこの世に存在せず、後年「七死拳」が「必殺拳」に変わった理由のひとつに、北斗の拳の大ヒットがあるのかもしれませんが、その辺の事情はわかりません。

 

また、最後に一龍が戦うシーンで、七死拳に追いつめられた彼が五獣の拳の構えを取ると、見とがめた少林寺の管長が『一龍、その構えはなんだ?』と問い、秘伝の書を見つけたことを隔している一龍は『あっ、イヤ・・・』と構えを解き、その間に敵の攻撃をくらってしまうくだりがありました。

 

少林寺の全員が見守る中では全力を出すことができず、視聴者に歯がゆいフラストレーションを持たせる最高の演出のあと、いよいよ開き直った一龍が『五獣の拳!』と叫んで敵を圧倒し、倒すところには、何とも言えずスカッとした爽快感がありました。

 

それこそが私にとっての『拳精』の醍醐味だったのですが、DVD版では管長の「一龍、その構えはなんだ?」が「殺さんようにな」と、信じられない変貌を遂げていました。

 

当然、そのあとの「五獣の拳!」のセリフも無く、覚えていないほど平凡なセリフで、明快なきっかけが無く力を増した一龍が何となく優勢になって、散々苦しめられた敵を倒すという不全感のまま展開が進みます。

 

一体なぜ、イメージ増幅に効果のあった技の名称変更を行い、クライマックスを最高に盛り上げるセリフを台無しにしてしまったのか? 元の造りの良さを知っているだけに、残念でなりません。

 

素材の味の起伏を、化学調味料で平坦にしてしまった料理のような印象です。