【感情会計】善意と悪意のバランスシート

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『司馬遼太郎「菜の花の沖 第2巻」の味』


新装版 菜の花の沖 (2) (文春文庫)

 

嘉兵衛が初めて兵庫の北風家を訪れるシーン。

 

諸国の船乗りが集まる有名な商家、北風家は南北朝の頃からの名門で、船乗りを大事にすることで有名でした。

 

その歴史はさておき、全国の船乗りから尊崇される北風では、船で働く者なら分け隔てなく無料で寝泊まりさせ、大きな風呂まで用意されていたそうです。

 

いつ行っても飯が食べられるというと、現代の感覚では、炊飯ジャーで保温されたホカホカのご飯が用意されているイメージですが、江戸期では普通、ご飯を炊くのは朝の一回だけです。

 

炊いたご飯はお櫃に移され、昼と夜は冷えたご飯を食べていたようですから、今とは全く違う食風景のはずです。

 

しかし、この北風家もそうだったのでしょうか?

 

その日、何人くらいの船乗りがやってくるかは、ある程度の推測は可能でも確定は無理でしょう。

1日の米の消費量を見込んで、まとめてご飯を炊いておくのは色々と都合が良くない。

 

余らせてムダにすることに感覚がマヒした現代人とは違うでしょうから、意味なく大量には炊かないと思う。

 

でも、せっかくやってきてくれた船乗りをガッカリさせるなんて、北風の沽券にかかわるから、「今日はご飯終わりなんです」なんて読みを誤った定食屋みたいなことは出来ない。

 

朝、昼、夕と、小まめに炊いていたのではないでしょうか?

 

北風家には何人もの女中さんが忙しく働いていたようですから、彼女たちの仕事の中の炊飯のウエイトは結構あったのではないでしょうか。

 

普通の家なら朝しか見られない、釜から湯気が立つ光景が1日に何度も見られるなんて、すごい活気です。

米の炊けるいい匂いが、いつでも充満している土間や台所。

 

船乗りたちは板敷の大部屋で食べていたようですが、そこにも女中さん達がお膳に乗せた一人用の食事をささげて忙しく行き来しています。

 

ご飯のおかわりなんてし放題でしょう。呼び止めて頼めばパタパタとすぐに持ってきてくれたことと思います。

豊富なご飯の存在が、船乗りたちに一層の安心感を与え、北風家への親しみはより厚くなったことでしょう。

 

私も北風家の風呂に入り、板敷で一人膳を抱えて炊き立てご飯を食べてみたい。

おかずなんて少しあれば十分なので、大量においしく炊けたご飯を好きなだけ楽しみたいです。