私が国家公務員Ⅲ種試験に合格し、20歳で勤め始めたときの初任給は11万3千5百円です。
4月時点ではもう少し低く、たしか10万5千6百円だったと記憶していますが、なにぶん大昔の話であり、当時の国家公務員俸給表などがネットに落ちていないかと探したのですが、どうにも見つからない。
仕方がないのですべて記憶頼りの数字なのですが、概ね合っているでしょう。
ところで、どうして「勤め始めたときの給与」と「初任給」が異なっているのか?
それは春闘の影響です。
公務員給与は、民間のベースアップの状況を勘案し、12月の給与法改正が4月に遡って適用され、ベア分の差額が9か月分まとめて支給されることになり、晴れて4月時の初任給が12月に決定するという仕掛けです。
もっとも、バブル時代の話ですから、今とは様相が全く違うでしょう。
現在の制度については知りませんが、当時は参考にする春闘の数字は大企業の値であり、日本の大部分を占める中小企業と、そこで働く大多数の日本人との格差が取り沙汰された時期もありました。
公務員は優遇され過ぎているとの指弾は、共済年金などもそうですが、ベースアップにも及んでいました。
ただ、バブル期にはこういった国民の声は少なかった気がします。
私は民間企業からの内定を断って公務員になりましたが、勤めるはずだったその会社の初任給は14万円でした。
就職する友人たちと、給与はいくらかという話題になった際、私より低いやつは一人もいなかった。
「まあいいじゃん。5時で帰れるんだから」
という慰めのような言葉を、いったい何人にかけられたことか(実際のところ、5時で帰れるなんてとんでもない幻想でした)……。
「翔んでる警視」シリーズでは、作品の陳腐化など全く恐れる風も無く、登場人物の給与額や、物の値段が詳細に記されているのが魅力です。
昭和58年、「新・翔んでる警視Ⅰ」での岩崎白昼夢(さだむ)は28歳。
国家公務員上級職試験を3番で合格した超エリートの彼は、いわゆる“キャリア”で、若いながらも階級はすでに警視で、月給は42万8千円と記されています。
比較対象が無いと分からないので、岩崎の部下で45歳の“ノンキャリア”、ヒラから叩き上げたベテランの進藤刑事の月給は19万8千5百円。
年齢や年次を考えれば、上司とはいえ岩崎との差が甚だしい。おまけに進藤刑事は妻子持ちです。
彼の場合、捜査に熱中するあまり昇進試験を受けず、階級が「こち亀の両さん」と同じ巡査長止まりなため、長く勤めても本俸への跳ね返りが小さいものとなり、昇給はしてもさほど高額にならないのでしょう。
もうひとり比較対象として、同じく岩崎の部下、21歳の乃木圭子ですが、彼女は高卒3年目で階級は巡査。
月給は14万2千円となっています。
7歳年上の岩崎警視とは3倍の開きがある一方、親子ほど年の離れた進藤刑事とでは1.4倍の差でしかありません。
どうもノンキャリの辛さが際立ってしまうので、救いとなるもう一人の登場人物として、同じく高卒ノンキャリの部下である志村みずえの数値を挙げてみます。
彼女はまだ31歳ですが、貧乏暮らしにあえぐ45歳の進藤刑事と決定的に違うのは、巡査部長に昇任後、さらに勉強して警部補の階級に属していることです。
月給は24万7千円。
これも岩崎警視と比べたらグンと低いものの、14歳年上の進藤との比較においては、彼が40代半ばで未だ20万円の壁を越えられないのとは全く境遇が違う。
公務員とはいえど、年次とは異種の、自力でつかみ取る待遇アップの道が開かれている組織社会の姿が、如実に描かれています。
私が公務員の頃「困ったちゃん」として周囲から定評のある働かない大先輩が何人もいて、私自身もまた、そういった「困ったちゃん」に困らされた一人です。
年次さえ古ければ、仕事ぶりとは関係なく若者より良い給料をもらえる世界の中で、そんな彼ら彼女らに業を煮やし続けた私にとって、こういうのはうらやましい限りです。
でも、この作品を読んでいるころの私は、まさか自分が公務員になるとは夢にも思わなかったので、実感を持って読めていたわけではなかったことに、今さらながら気づかされます。
そしてこの作品で繰り返し述べられているのは、「入庁してからの努力などは、入庁前の試験でエリート組だった者の前では儚いものだ」ということです。
東大卒のキャリア組であることが勝者の条件というのは『踊る大捜査線』の室井さんの苦悩でも描かれていますね。
ともかく、給与設定がぼやかされずに書き込まれている点が、この作品の楽しさを大いに上げています。