大藪春彦『蘇る金狼』の四緑文鳥的楽しみ方
物語の1日目 11月9日(水)PM5:00過ぎ
「朝倉君、君さっき、部長に褒められてたじゃないか。これで出世コースは縮まったね」
「そうだよ朝倉君。君は一歩差を付けられたよ。ここはひとつ、一杯おごってもらいたいところだね」
会社帰りに同僚たちの鬱陶しい誘いを受けた朝倉哲也は「それじゃぁ、汚い飲み屋でよかったら付き合ってくれ」と如才なく2人を誘う。
会社のある京橋から電車を乗り継いで3人が向かったのは、渋谷の道玄坂にある一軒のホルモン焼き店。
煩わしい人付き合いを、ホルモンで遠ざける食の達人
そこは朝倉の言葉どおり、薄汚い店だった。
肉汁の燃える煙が立ちこめる店内には、ジャンパーや作業服姿の目つきの鋭い連中が声高に喚きあい、一種場違いな背広姿の彼らをジロリと見た。
すっかり怖気づいた二人の同僚を尻目に、朝倉は「この店は本物のトンチャン(ホルモン)を出すんですよ」と三人前を注文。
「飲み物は?」
「そ・・そうだね。それじゃ、僕らはビールでももらおうかな」
朝倉は同僚二人のためにビール、自分には泡盛を注文する。
血を飲み、臓物をナマで喰らう食の達人
やがてテーブルに運ばれてきたのは、大きな容器に入れられた「本物のトンチャン」
赤や紫の臓物が血の泡のなかでのたくり、それには分厚く唐ガラシの粉がへばりついている。
タレは強烈なニンニクの匂いがした。
つまり、こんなきれいな見映えであったわけがありません。
おそらく、こういう器だったと思います。
そして中身は、血の泡の中でのたくる赤や紫の臓物・・・
とろみがついた真っ赤なタレからは、強烈なニンニク臭。
「こ、これを食うのか?」
「え、遠慮させてもらうよ」
辟易し、顔まで青ざめた同僚たちに向かい、朝倉は何気なさそうにダメを押す。
「そう毛嫌いしないで試してみては? 生だとなおさら元気が出ますよ」
「・・・・・・(無言の同僚ふたり)」
朝倉は血の淀みから小袋の切れはしを箸でつまみ上げて口に放り込み、強靭な歯で噛み裂いた。
口のまわりが血と唐ガラシで赤く染まる。
大藪的世界観では「肉を生で食う」のは当たり前
ちなみに、作者である大藪春彦さんの逸話によると、実際に肉を生で食べることがあったらしい。
つまりこれは、大藪さんにとっては非日常とはいえない描写です。
怖れをなして逃げ帰った同僚たちの分を合わせ、3人前のホルモンを慣れた手つきで炙ってあっという間に平らげた朝倉は、ビールや泡盛には手を付けず、水だけを飲んで店を後にします。
彼はこのあと上目黒のアパートに戻り、すぐに家を出て縄跳びで3キロほど走って『目蒲拳』というボクシングジムへ行き、2時間のトレーニングを行います。(目黒、蒲田周辺であることが丸わかりなジム名です)
人を行者に変えるほどのニンニク臭だった疑い
目蒲拳で練習場に足を踏み入れたシーンで「血と汗と革とグリースの匂いが鼻を刺した」という描写があります。
しかし、そのときジムにいた全員の鼻を刺したのは、朝倉が放つ強烈なニンニクの匂いだったと思うのは私だけでしょうか。
おそらく行者ニンニクも凌いだであろうホルモン3人前完食(一部ナマ)後の朝倉。
トレーニング中に数人の行者が生まれたであろう目蒲拳を後にした朝倉はアパートに戻り、部屋着に着替えます。
誰も見てないのにハイパフォーマンスを実践する食の達人
食器棚からウォッカの瓶と干からびたサラミソーセージを出した朝倉。
(まだ食うのか?)
ベッドのそばのサイドテーブルにそれらを運ぶと、彼はベッドに腰を下ろします。
そしておもむろにウォッカの瓶を持ち上げて・・
・・・・・・
平手で瓶の首を叩き折ると、サラミをかじりながらウォッカを胃に流し込みます。
(・・・・・・)
栓を開けなかった理由の詮索
いやはや、倍達さんですら、瓶の首を叩き折るのはギャラリーでもいないかぎりやらんでしょう。
ハードボイルド朝倉哲也ならではの奇行か?
彼は奇行種なのか?
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いや、そうではないかもしれない。
私はほとんどお酒を飲まない(飲めない)ので、ウォッカなんていう大それたアルコール飲料を嗜むことがありません。
そのため、良くは知りませんが、このとき朝倉が取り出したウォッカは、コルク栓だったのかもしれないと思うのです。
現代とは違い、当時は「手軽さ」を追求し始める以前の時代ですから、今よりも手間暇をかけて色んなことが行われていたはず。
キャップをひねって開けられるような造りではなかったことは、何となく想像できます。
朝倉はジュース(ワイン)を飲まない
『蘇る金狼』で、朝倉が酒を飲むシーンは何度もありますが、ワインを飲んでいる描写は一度もなかった気がします。
朝倉は、ワインを飲まないと断言してよいかもしれません。
というのは、ハードボイルドな彼にとって、酒というのはアルコール度数が決め手な気がするからです。
ホルモン屋の描写で、同僚二人がビールを頼んだのに、彼が頼んだのは泡盛。
泡盛の一般的なアルコール度数は30度前後と言われています。
中には40度以上のものもあると言われ、ウォッカに匹敵する物もある。
朝倉が好んで飲むのはウイスキーですから、彼にとってワインとはジュースに等しいといえる。
朝倉が買ってくるのは安ウイスキーだったようで、それらはコルク栓ではなかったという想定が為されます。
だから、コルク抜きを持っていなかった。
つまり、彼が倍達風にウォッカの瓶を開けた理由は「コルク抜きが無かったから」
これが、私の結論となりました。