前回、登場人物の給与設定についてふれ、キャリア組とノンキャリア組では格差が甚だしいということを述べてみました。
45歳、妻子持ちの進藤刑事の月給がいまだ20万円にも満たず、夫の財布に千円札1枚を入れて毎朝送り出してくれる妻の必死のやりくりで家計を支えているのに比べ、28歳独身の岩崎白昼夢(さだむ)警視が42万8千円の月給で悠々と生活できているといった話です。
しかし、こと金銭面に関しては、この作品にはもう一つの重要な設定があります。
岩崎警視はよく私費で捜査を行います。
毎朝各国から「ニューヨークタイムズ」や「ル・モンド」といった主要紙を取り寄せていますが、これらの新聞代は、警視庁持ちの経費ではなく彼個人のサイフから出ています。
その程度の出費は序の口もいいところで、タクシーを使いまくるのはもちろん、必要とあれば飛行機をバンバン使い、海外へ行くこともしばしばで、もちろんファーストクラスに搭乗します。
時に部下数人を引き連れての海外渡航もごく当たり前にやってのける。
ほかに、帝国ホテルのバーやレストランの常連で、銀座や赤坂の高級クラブでも、その遊びっぷりの良さで「夢ちゃん」などという愛称をもらう有名な遊び人です。
さすがにこれは42万8千円の月給では賄えません。
ここに、彼の実家の事情という別な設定が付加されています。
岩崎警視の故郷は長野県です。
彼のお父さんは学校の先生で大変物堅い性格ですが、所有していた山林が高速道路の計画路線に引っかかり、売り払った6億円が手元に入ったことが、息子の捜査人生を大きく変えることになります。
父は、手に入れた6億円を全額定期預金に預け入れ、その利息は年間5千万円近く。
「残さず捜査のために使え」という指示と共に、毎月400万円を息子に仕送りしています。
岩崎警視にとって、「月々400万円使い切り」という父の言いつけは結構ツラいらしく、帝国ホテルのバーで毎日のように1杯1万数千円のレミーマルタンをお代わりするような生活を送っても、積み残しが出るようです。
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張り込みに行かせた17人の部下が、ホテルマンに刑事と見破られないようにと、一人あたりに10万円を持たせて高い酒や料理の注文を命じたり、タレこみの賞金として100万円をポンと出したりと、筒井康隆さんの『富豪刑事』ほどのスケールではないけれど、それだけにリアリティのある「捜査費用の使い方」です。
しかし、6億円の定期預金の利息が年間5千万円近くということは、利率8%台…いえ、源泉課税20%を加味したら、岩崎警視の父上は10%台の定期預金に預けなくては、息子に月400万円の仕送りができません。
バブル期の利息は当然今とは次元の違う高利率ですが、それでも定期預金で10%というのはちょっとあり得ない。
ただ、私などには知り得ない地域的な事情、あるいは金持ちだけの特別な事情により、「月400万円の小遣い」という魅力的な設定が生まれたのでしょう。
ということで、前回の数値を差し替えますと
岩崎警視の月の収入は、月給42万8千円と仕送り400万円。つまり442万8千円ということになります。
この作品を読んだ少し後から、当時高校生の私はアルバイトでスーパーマーケットの食品部門に属していましたが、だいたい月の収入が4万2千円といったところでした。
これが高校生の平均的なアルバイト収入であると仮定して、乃木圭子巡査の月給14万2千円に相当するとします。
すると、岩崎警視はその3倍の月給と、28倍の仕送りを受けている。
私のアルバイト収入に換算すると、月に130万円程度になります。
もしも高校生で毎月130万円渡され、例えば「食事に使い切れ」と厳命されたらどうでしょう?
当時の私にとっては、実に悩ましい。
高級レストランに入るなんてメンタリティは、当然ない。
のりから弁当330円を、大盛り430円にするくらいしか思いつかないし、当時の吉野家の牛丼並1杯は370円で、メニューは大盛りまでしかなく、それでも470円でした。
学校近くの場末の中華屋「寿楽」のチャーハンは370円。大盛りで420円。超大盛り470円は私には食べきれないので、結局420円で、その後チェリオを頑張って2本飲んでもプラス140円程度にしかなりません。
その程度の使い方しか思いつかず、気の置けない友人を誘ったとしてもタカが知れています。
岩崎警視の苦労はそんなスケールではあり得ませんが、困る心境としては、相通じるものがあったのではないでしょうか?
この「岩崎警視の月収入は442万8千円」は、私にとっては当時から様々なことを想起させる憧れの設定だったことを表現したくて、しょうもないことを2回にわたって書かせてもらいました。