感情会計-善意と悪意のバランスシート

財務諸表から逆算で人心を読むテクニック

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役所で事業所物件を借りた時の思い出

賃貸マンションの契約更新手続きをしに行ったところ、オーナーの取り計らいにより更新料1か月分が不要となりました。

 

更新の時に家賃1カ月分を支払うのは、地域によっては無いところもあるそうですが、私はずっと関東住まいなので2年に1回のルーチンはずっと変わっていません。

 

そんなこともあって、ふと思い出した役所時代の賃貸物件調達の記憶を綴ってみたいと思います。

初めて知った「役所が不動産を借り上げるときのルール」

20年ほど前の省庁再編の時、私は地方の出先機関にいたのですが、管轄地域内の複数の県のうち1カ所に、下部官署の設立が決まりました。

 

本省からは、事務所の物件確保を命じられます。

官庁は敷金と礼金は払えないので、相手がもしも民間だったら、契約の時にはその点をご納得いただかなくてはならないということを、このとき初めて知りました。

 

「納得って、簡単に言うけど、納得なんかしてくれるのか?」

私は不安を感じつつ、現場の状況を顧みない一方的な指示にイラつきもしました。

これは決まったことなんだから、とにかくやれ、という印象です。

 

事業所物件の確保というのは、他の所掌に属さない業務のため、庶務担当の仕事です。

庶務は私一人しかいないし、ただでさえこの年度は地方分権法施行により激増した業務でパンク状態。

席の温まるヒマもない中、さらに得体の知れぬ仕事がふりかかってきて、もはや恐怖でしかない。

 

それも、自分たちのいる県ならまだしも、車で行って帰ってくるだけで1日仕事になる遠隔地での物件探しは骨が折れます。

 

なにせ当時は今のようにネットが発達した時代ではなく、かといって事業所物件を選ぶのに電話だけではらちが明かない。

 

そんなことより最も骨身に堪えたのは、本省からの「借り賃は無料か、それがダメなら格安の物を探せ」という厳命です。

しかも「職員がそこで働くのだから、できるだけ良い物件を」とのこと。

 

「ふざけんなよ。なんだそりゃ?」

良い物件を確保させたいなら、それなりの金を出せ、と言いたい(とはいえ元は税金だしなぁ)。

 

「頼れる上司」とは「自分の地位や権力を、公共に活かす術を知る者」のことだ

ここでの最大の救い主は所長でした。

 

「こういう話はさ、やっぱり肩書が必要なんだよ。相手が安心するように俺も一緒に行くよ」

 

ある冬の日の早朝、私と所長は事務所を出発し、官用車を運転して現地へ向かいました。

最初は国の機関を訪れて交渉し、断られると県の機関へ行きますが、当然断られる。

 

大体、省庁再編は全国規模で大きな影響を及ぼすので、どこの省庁でもおいそれと提供できる物件など無いし、県にしても、提供するならまず自分たちの地域の官庁を優先するでしょう。

 

遠隔地から不意にやって来た私たちに色よい返事をするはずなどありません。

 

それでもとにかく、名刺1枚でどこへでも飛び込んでいき、話を聞いてもらう。

慣れない地域を車で回るため、小回りはあまり利かず、訪問件数はあまり奮いません。

もはや営業・・というより、もっと無茶なことをしています(タダで貸せとか)。

 

やはりこれは、私一人ではどうにも手に負えなかったことでした。

きめの細かい想像力で、いち早く助太刀を買って出てくれた所長には感謝です。

 

この方の「肩書き論」は、その前にも聞いたことがあり、今でも私の規範になっています。

「話をうまく進めるのに俺を使えばいいんだよ」と、ざっくばらんな言い方をしていましたが、私なりの意訳でいうと

 

「肩書きとは、威張ったり偉ぶったりするための私物ではなく、公共に役立つように使う物だ」

となります。

 

要は、自分にくっついているものだが、自分の所有物ではないということで、一時の借りものであると、サバサバしてこだわりが無いのです。

 

市の課長さんが見せてくれた好意

この物件探しの歴訪の際のことで、今でも心に残る出来事があります。

 

国の官庁と県に断られ、次に向かった市の環境課の課長さんが、所長に申し訳ないと伝え、退出する私たちを廊下に送り出したとき、当時まだ30歳そこそこの若い私の肩をポンポンと叩き「色々と大変だろうけど、頑張ってね」と言ってくれたことです。

 

地方分権法により、国と地方公共団体に上下関係は無く、同等のものとなりましたが、それでも旧習は当然残っていて、やはり「国が上」です。

 

私は若造とはいえ「お国の人」であり、しかも「科長」です。

市の課長さんと字は違うが響きは同じ「カチョー」さんです(実際は係長程度ですが)。

 

よくこんな情感にあふれた態度で、親身な言葉をかけてくれたものだと、この先の困難を考えて心許なかった私にとって、大変ありがたいことでした。

 

最初の挨拶の時は私に対しても敬語だったし、この言葉も所長が別な方と話しているときに、ややコッソリかけてくれたということもあり、やはり個人的なエールだったと思っています。

(あるいは息子にでも似ていたのでしょうか? だとしても嬉しいことです)

 

結局、この課長さんのいる市の方が色々と手を尽くしてくれた結果、手ごろな物件オーナーに繋がる不動産業者を紹介してくれました。

 

電話を受けた私たちは早速そこへ向かい、「直接交渉してみてくれ」と言われて最後はオーナーの個人宅へ伺い、了解を取り付けました。

本省のムチャな命令でしたが、多くの方々の助力により、ようやっと形にすることができたのです。

 

人のつながりの力を、まざまざと思い知らされた1日でした。