前回記事に頂いたコメント返しをするにあたり、美味しんぼ30巻の1話目「大食い自慢」を最後まで読み返しているうちに、別の疑問がわいてきました。
きっかけをくださった「うり まさる」さん、ありがとうございました。
山岡は「康一君がどのくらいの大食いなのか、まずは実態を知りたい」と主張し、嫌がる富井副部長と、大喜びの土田康一を伴い、どこかで食べることになります。
栗田ゆう子も同行しているため、総勢4名です。
康一は「銀座の外れに安い飯屋がある」と提案。
一行が訪れたのは ”大衆食堂 三膳屋” という趣のあるお店です。
”銀座の外れ” とは思えないロケーションですが、有楽町と新橋間のガード下周辺には、海水と淡水が混ざった汽水域みたいな地帯があり、そこには点々と「らしくない感じ」を醸し出すお店もあります。
(あるいは、築地寄りの一帯かもしれません。むしろそっちっぽいな、この感じは)
この回の話が掲載されたのは平成2年とか3年頃なので、現在よりもさらにたくさんの「らしくない店」があったに違いありません。
「銀座の外れにある『安い飯屋』を考えてみる」
私はこのコミックスが刊行された時から数年後、霞が関に勤めていたので、ときどき銀座八丁目にある中華屋っぽいお店に、ランチを食べに行っていました。
好んで食べたのは回鍋肉(ホイコーロー)。
お代はなんと680円。
「エエッ? 銀座の中華屋でホイコーロー680円!?」
そうなんです。
もちろん、美味しいとは言えないレベルではありました。
それに、入口は狭く、店内はウナギの寝床のようなレイアウトで奥行きも外からは見えない。
事務所の居抜きだった物件に、無理やり厨房を付け加えたような安っぽい感じを醸し出していたせいか、昼どきに行っても、いつも店内は空いていた。
ただただホイコーローを食べるために私はこの店を利用していましたが、とにかく『銀座の外れ』で680円の定食は存在していました。
大衆食堂 三膳屋について
三膳屋は、四十代~五十代くらいの店主夫妻が営む定食屋です。
カウンター前に総菜の大皿がいくつも並び、壁に掛かったメニューとは別で、客が個別に注文できる方式らしい。
孤独のグルメでもそんなお店が登場しましたが、深大寺の回に五郎さんが入ったお店などがそれに近いと思います。
銀座近辺で値段非掲載は怖いんだけど・・
判断に迷うのは、壁に掛けられた各種メニューに、金額が一切書かれていないことです。
役所時代の私の先輩が、酔っぱらって入った銀座近くの店で、怖い目に遭ったと話してくれたことがあります。
同僚と3人で入った小さな酒場には、店内にメニューがなく、日本酒を頼んで運ばれてきたのは、コップ酒と大皿の乾きものだけ。
不愛想で「いかにも」な様子の店員を含め、あまりにもヤバい「ボッタの雰囲気」に先輩は(しまった!)と感じ、早々に立ち去ろうとしました。
ですが、呑気な同僚の一人は「もう一杯だけ飲んでいきましょうよぉ!」などとはしゃいでいる。
なだめすかして店を出ることにし『コップ酒3杯と乾きもの1皿』だけのお会計を頼むと、なんと金額は2万円!!!
(ああ、「もう一杯」なんて言ってたら、とんでもないことになるところだった)と冷や汗をかきながら支払いを済ませ、大衆飲み屋へ入り直し、さんざん飲んで食べた末、お代が3~4千円と聞かされた時に、何とも言えない安らぎをおぼえたそうです。
三膳屋は安心価格。客単価は700~800円とみた
幸いにも、人の好い店主夫妻が営む三膳屋ですから、ボッタな価格では営業していないでしょう。
私が何度も通った中華屋をベースに設定してみると、三膳屋の各種定食は680円~730円のラインで固められていると考えてよさそうです。
食べたい人はさらに目の前の総菜を追加注文し、それでも800円台から900円台といった程度の食事代で済ませる客も多いと思う。
常連になると「総菜を数種類と、それに白飯と汁物」といったお好みの食べ方で楽しんだりもしていたことでしょう。
昼の営業時間の客単価は、概ね7~800円台で、しかもこの三膳屋、かなりの人気店だったことがうかがい知れます。
小さな店なのに、昼どきに100人近い客入りだったと思われる「はやりのお店 三膳屋」
山岡たちが入店した時を描いた上のコマでは、カウンター席にサラリーマン風の男性が一人座っているだけですが、これはまだピークタイム前だからのようです。
とはいえ、おかみさんがカウンターを拭いているところから、既に食べ終わって帰った客が居るとみて、時間帯としては11時半くらいなのかもしれません。
このあと、康一の出現に泡を喰った店主夫妻が、慌てて店を閉めてしまい、彼の独壇場となるわけですが、康一の食べた白米の量から、三膳屋の普段の来店数が見えてきます。
数にしておよそ100人弱。
少なくとも80人程度は、安定的にお客が来店していたと思われる。
炊いたご飯の量から算出される「本日の来店者数予測」
康一君は、ご飯をすべておヒツで提供されています。
①前菜代わりの1杯
②トンカツと天ぷらを乗せて1杯
③レバニラいため、麻婆豆腐、豚汁、ハンバーグステーキを「飲みながら」1杯
④シメの「おヒツ茶漬け」で1杯
前回記事で、おヒツの大きさから、これには1升の白飯が入っていたと仮定しました。
1升を炊いたご飯の量は、およそ3.5キログラムとされています。
一般的な一人前のご飯の量は150グラムとされていて、その計算だと1升は約23人前。
ですが、三膳屋の壁に掲げられたメニューを眺めると、この店は「ご飯もの」が主流であることが感じ取れます。
壁を見上げた客が、まず最初に目を付けそうな「本日のおすすめメニュー」付近に、麺類の札はひとつもぶら下がっていない。
それに、黒板に書かれたおすすめの中のTOP4にも、ラーメンの類は入っていません。
三膳屋が ”ご飯推し” であることに、疑いは持てない。
客も、ガッツリご飯を食べたい日にこそ、三膳屋をランチ候補にすると思われます。
さらに条件を補足しますが、カウンター前に置かれた豊富な総菜のことまで考え合わせると、基本的にご飯の盛りは多めのほうがありがたい。
そしてこの店主夫妻は、そんなお客さんの要望に、こころよく応えてくれそうなので、1人前のご飯の量は200グラムとします。
すると、炊いた1升のご飯は17.5人分。
康一ひとりでおヒツ4つを平らげていますから、それだけで実に70人分のご飯が準備されていたことになる。
そして、一行が来店したとみられる11時半の時点ですでに複数名の客が入っており、山岡たちが食べるご飯も含めると、少なくとももう1升くらいはランチ用に炊飯されていたと考えてよさそう。
全部でおヒツ5個(5升)
三膳屋の感覚で行けば、これは87.5人前のご飯となります。
「ごめんなさい、今日はもうご飯が終わっちゃってるんで・・」という断りフレーズ
康一の食べるペースはメチャ早いので、ご飯が足りなくなったからといって、お米を研いで、吸水時間を経て炊飯に入るような猶予はなさそうです。
つまり、彼が食した4升の白飯も「事前に準備されていた」とみられる。
現に、ご飯がなくなったことを告げられた康一が「それじゃあ、最後にお茶漬けで締めよう」といった意味の発言をしたエビデンスも残っている。
そして、急にフラリと現れた康一を見て狼狽する様子から、店主夫妻が彼の来店を見越して多めに炊いていたわけでもない。
コンスタントにこの程度の客入りを想定する状態だったのでしょう。
ランチタイムは11時~2時と仮定します。
すると、三膳屋は昼間の3時間だけでも、80人以上が来店する人気の定食屋だったのですね。
やりおるのう・・この夫婦。
お酒のメニューもあるので、夜も営業していると思われるが、どうやら夫婦二人で切り盛りしているらしい。
稼げるのは良しとしても、あまり身体に障らない程度にしていただきたい。
残り少ない「富井副部長の小遣い」への深刻なダメージ
そして問題の「富井副部長はこの時の会計でいくら支払ったか?」です。
山岡とゆう子が何を注文したかは書かれていませんが、いずれにしても「ご飯もの」であることには変わりません。
副部長は冷奴定食です。
康一は「トンカツ、天ぷら、オムレツ、サバの塩焼き、麻婆豆腐、レバニラ炒め、豚汁、ハンバーグステーキ」の8品目。
漫画のコマを確認すると、メイン料理の皿だけがテーブルに置かれているので、付け合わせや汁物は省略されているようですが、すべて定食換算すると、一行が食べたのは『11品の定食』となります。
けっきょく、「定食何人前」なのか?
先ほど目立たない書き方をしましたが、私が仮定した三膳屋の定食ラインナップの値段は680円~730円です。
これは、この回の美味しんぼが執筆されたのとほぼ同年代に、私自身が「銀座の外れの安い飯屋」で実食したホイコーローの価格を基にしています。
仮に上限730円の定食を11人前とするならば、730×11で、食事代は8,030円です。
しかし、康一は70人分の白飯をかっ喰らってしまっています。
730円の原価率が、一般的な飲食業の割合とされる30%だったと仮定すると、三膳屋の定食一人前原価は219円。
この『30%』を、ざっくりですが『ご飯8、おかず22』に分けるとします。
ご飯の原価は58.4円。
康一は8品目のおかずを食べているのでその分を差し引き、62(人分)をかけると、「ご飯だけを提供した分の原価」は3,620.8円となります。
提供価格にするために原価率で割り戻すと、ご飯部分は12,069円。
先ほどの「11人前の定食代8,030円」と合わせると、20,099円。
副部長がビビるのもうなずけます。
忘れてはいけない『機会損失』
しかし、上記の計算はあくまでも「客目線」
三膳屋を営む店主夫妻がこのとおりに請求していたら、商売が成り立たない。
元々、80人強のお客を見込んで、ご飯とおかず類を調えて店を開けたのに、康一がやってきて「ご飯」ばかりを大量に消費し、この日のランチ営業は終わってしまった。
62人前のおかず分についても、きっちり落とし前を付けてもらわねばなるまい。
先ほどの原価分類によって、おかずは22の割合を占めるとするならば、730円の定食単価のうち、おかず分は535円。
康一がフイにした62人前を計算すると、33,170円の機会損失になってしまう。
「いや、それは次の日に回せるじゃないか」というのも当然の意見ですが、傷んでしまってロスになる食材もあるでしょう。
特にこの店主夫妻は実直そうなので「これは、お客さんには出せないよ」とシビアに引っ込めてしまうものも多そう。
長年地道に続けて(と勝手に思っている)多くの常連客に愛される三膳屋だからこそ、”迷惑客” への対応もシビアだったと考え、ここはきっちり請求しましょう。
「残った料理と食材、今夜できるだけ使うけど、明日に持ち越してダメになっちゃうのも3割くらいは出ちゃいそうだねぇ・・」
そう言って、ランチ営業における33,170円の機会損失のうち、翌日への持ち越し不可になりそうな食材分を見積もって、副部長への請求は3割、9,951円。
実食した分の20,099円と、機会損失の負担分9,951円で、つごう30,050円。
コマを確認すると、たしかに富井さんはサイフからお札を3枚取り出している。
残り50円は、副部長の泣き落とし戦術で勉強してもらったにしても、これは痛い。
やはり、偏った大量注文というのは、来店する日を早めに決定し、出来るだけ早くお店に予約しておいてほしいところです。
こののち、山岡の活躍により康一は ”改心” するのですが、その様子は私は一切書かないので、気になった方は読んでみてください。