【感情会計】善意と悪意のバランスシート

善と悪の差し引き感情=幸福度

セックスと増税・・星新一『新しい政策』を読みつつ考える

ベッドシーンと暴力シーンは書かない。

星新一さんのポリシーであり、中学時代に星さんの作品に耽溺していた私が小説作品を読むときの傾向でもあります。

 

そんな私が少年時代に読んでいて怖かった『なりそこない王子』

「星さんの裏切り?」とすら思えた話がいくつか含まれていた。


なりそこない王子 (講談社文庫 ほ 1-6)

 

 

まったくエロ視点ではない『新しい政策』

「ベッドシーン」という定義が自分の中で曖昧だった中学生時代、性に関するテーマというだけでもうギブアップだった私・・

 

なんとか読み切ったけれど、その後はこの『なりそこない王子』を手に取れなくなった・・できれば捨てたいとさえ思ってしまった理由のひとつが「新しい政策」という一編です。

 

『新しい政策』あらすじ

主人公の青年が仲良しの叔父一家と共に、大好きなお酒を飲んでいると来客が・・

やってきたのは売春公社で、政府差し回しのデリバリーヘルスならぬデリバリーセックス。

公社員は好みの相手を選べと、叔父、婦人、そして17歳の息子にそれぞれアルバムを差し出す。

バスの中には男女スタッフ(?)が待機しており、指名した相手と行為をすることになっている。

 

邪魔になるからと辞去した主人公は、隣家の前で、事を終えた住人に公社員が請求書を渡している光景を目にする。

そう、当然ながらこれは有料。そしてサービスを拒否したら重罪になる。

 

公社は各世帯から吸い上げた巨額な金を動かしているのだろうと、この官製の押し売りのような光景を見て主人公は思う。(星さんがNHKを諷刺したつもりなのかは私にはわからない)

 

主人公は元テレビ局のディレクターで、現在はこの新しい政策を遂行する革命委員会から引き抜かれ、委員会の中の一部署である文化部を任されている。

 

毎日の出勤時、電車に乗る前に下着の中に10枚のカードを仕込む。

他の客も皆そうしていて、乗車中に規定枚数を取らないと(要するに痴漢しないと)罰せられ、規定以上のカードを取ると枚数に応じて景品がもらえる。

今やすっかり義務に成り下がっていて、主人公は手っ取り早く済ませてしまう。

 

テレビや街の広告塔は卑猥な内容で埋め尽くされ、製品の形状やデザインまで煽情的であることが求められる。

 

革命兵士たちが不意に起こしたクーデターによりこのようなありさまになってしまったわけだが、当然、全てのことがエロティシズムに染められた世の中には無理がある。

 

和服姿の女性が通ると<革命婦人会>の女たちが、露出が少ないからとハサミで切ってしまったり、<少年部隊>は大人たちに「オマエは旧思想の持主だろう」と言いがかりをつけて猥褻な書物を街中で朗読させたりと、名もない個人をイジメて価値観を破壊する。

 

歪められた社会機構により商売が窮地に陥った業界や会社が陳情に来ると<御用学者>がもっともらしいウンチクで煙に巻き、それでも食い下がるとガス室へ送り込まれる。

ガス室といっても革命委員会は「我々は無血革命を目指すから」とキレイごとをいうので直接命を奪うわけではなく、人体実験じみた性欲高揚の薬品をかがされて、人間同士はおろか他種生物との交合までさせられる・・と

 

昨今の矢継ぎ早な税制見直しがチラつく『革命委員会』

まあ、当時中学生の私にはドぎつ過ぎる内容だったわけです。

 

しかし、何だかここまでのくだりが、「何か」に似ている気がしてなりません。

 

もう少しあらすじを続けます。

 

主人公は革命委員会の幹部の端くれです。

一応、一般市民相手には威張り散らしているけれど、毎日本部へ報告に行かねばならない。

 

この日はちょうどお偉方が会議をしている最中で、その議題というのは「革命委員会の者はひげを生やし葉巻を吸うべきではないか?」というものだった。

なぜかといえば、ひげも葉巻も性の象徴であって、そうするのが使命に添うという論拠だかららしい。

 

とにかく、性の余剰エネルギーのせいで世に害悪が蔓延り、平和すら脅かされるのだから、その有り余るエネルギーを解消させるためにこの国のすべての機構を改良するのだ、という意識で出来上がっている革命政権であり、その政治のありかたというわけです。

 

「理想国家のために過剰なセックスを強いる革命委員会」が、「理想国家のために過剰な納税を強いる税制調査会」と重なってコワい・・

どうにも、私はこの”革命委員会”というものが「税制調査会」とオーバーラップしてしまう。

 

「性のエネルギー」を「蓄財」と読み替えると、この作品の狂気はそのまま実世界に通じるものになりかねない情勢だから。

 

つまり「個人が金を溜め込むせいで世の中が理想どおりに回らない。蓄財に向かわないようにあの手この手でヌイてやらないと、この国に幸せはおとずれないのだ!」と、意味不明な正義感はあたかも洗脳されているかのよう・・

 

ということでインボイスやら給与所得控除やら扶養控除、果ては通勤手当なんて標準報酬月額に算入されていて”非課税”とは名ばかりのようなところについても、政府が国民のデリケートなところに手を差し入れて、意地でもヌこうヌこうともっともらしい顔で会議している税制調査会の姿が、この作品とかぶって仕方ない。

 

作中では、要領よく立ち回りながらも革命政権を皮肉な目で見ている主人公はこんな考えを持ちます。


「性の余剰エネルギーを消すというよりも、むりにしぼり出して捨てるといった形。中には体力が続かず早死にする奴も出てくる。しかしそれが自然淘汰で、優秀な奴が生き残る」

 

この考え方も相当ヤバい。選民思想の少子化推進政策そのものといった感じで、まさにいま我々が経済的な意味で直面している世相みたいです。

 

すると、『財務省』に相当する存在とは?

ところで、作中の革命委員会が税制調査会だとすると、その上位者が居るはず(つまりは財務省的存在が)。

 

これ以上はネタバレになるので書きませんが、主人公がふとしたきっかけでそこに好奇心を抱くところから、この物語は急転回します。

 

ショートショート作家の星さんの作品としては結構長めの29ページ。

しかしこの作品、題材ゆえにテレビでの映像化はされないだろうし、特に当時では絶対にありえないけれど、現在ならネット配信作品などでやってもおかしくないくらいサスペンス感があります。

 

さまざまな「サービス」や「ルール」なんかも今風にアレンジすれば、それだけで結構な尺が保てそうだし・・ま、私は遠慮しますが。

 

ちなみにこの本、ナゾの大人気性風俗店の秘密に迫る刑事を描いた『魅惑の城』みたいな話も収録されていて、当時はその影響で他の話まで怖く感じてたんだよなぁ・・。

中学時代の私にとっては珍しく「安心して読めない星新一作品」でした。