短編作品の悪役は、強くて外道なほど勝ったときのカタルシスが強い
でも、敵がそんなに強いなら、物語を長く楽しみたいから長編を希望する
読者がその作品を愛すれば愛するほど生じてしまうアンビバレンス。
一方、作者にだってその手ごたえはあるでしょう。
どちらを選ぶかに「正解」はないけれど、せっかくの魅力的な悪役なら、長い物語の中で活かしたいと考える人は多いのではないでしょうか。
強敵は味方にすると、「悪に強きは善にも強し」だが・・
いかに外道の悪役とはいえ長編になると、時間経過とともにそちら側にもドラマが生まれ、当初はただの悪逆非道だった存在に別の視点が追加され、外道っぷりが薄まる(いわゆるブレる)傾向を避け得ない。
だんだん雲行きが変わり
「お前とは、もっと違う形で出会いたかったぜ」
「ああ、そうかもな」
のような関係性が主人公側との間で生まれてきて、読んでいるほうもそんな気分になってしまう。
読者視点で「決着がついた時が、このキャラの見納めになってしまうのか・・。敵だけど、できればこれからも登場してほしいな」などと。
ゆえに「強敵が味方になる」という展開が生まれ易くなり、最近の人気作はむしろこっちが主流と言えるかもしれない。
しかし、そこで余計な色気を出さず、1話のみでバッサリ切り捨てる ”短編” を多く発表する、菊地秀行という多作家(たさくか)について少し書いてみましょう。
「悪は悪のまま葬るのが基本」の短編作品を多作する菊地秀行氏
菊地さんといえば、デビュー時から始まる ”魔界都市新宿” という舞台設定の使いまわしで有名です。
魔の亀裂で隣接区から隔離された新宿区を舞台に、主人公を変えながら、いくつものシリーズを執筆しています。
しかし、主人公を変えても脇を固めるキャラの顔ぶれは概ね共通し、なかでもドクターメフィストというチートキャラがいて、彼のシリーズ横断ぶりはまさに無双状態。
そんなことで、およそ「バッサリ切り捨てる」とは無縁なイメージも多いと思いますが、上にも書いたように短編が多い。
魔界都市ブルースシリーズを例にしてみる
題材として『魔界都市ブルース』という作品についてふれていきます。
<新宿>でせんべい店を営む美青年・秋せつらを主人公にした作品です。
”人探し屋” という概念がまずわかりづらい。
そのことが、読み始めるハードルを上げていた。
探偵ものをイメージしたのだが、そのとき頭に浮かんだのが都筑道夫の西蓮寺剛シリーズ。
元ボクサーである西連寺だが、彼が拳を振るう回は多くないし、シーンとしても一瞬で、戦闘を期待して読んでいると退屈でならない。
しかも秋せつらが使う武器は「糸」。
初めて裏表紙のあらすじを読んだ少年時代の私が「?」となったのもむべなるかな。
なにせドハマりした菊地作品が『魔界都市<新宿>』で、こちらは念力と木刀と少林寺拳法を使う高校生が魔導士やその配下の魔物たちと戦ういう、ドラゴンボール並みにわかり易い設定だった。
「糸で戦う人探し屋」という概念が理解できず、わざわざ読み始める気にはならない。
おまけに私は暴力とエロスシーンが苦手。(戦闘と恋愛ならよいのだが)
実は魔界都市ブルースは、初めて書店で見てから実際に購入するまでに10年近くかかっていて、ようやく覚悟を決めて購入したのは奇跡的にエロシーンがゼロの『白髪頭の戦士』が掲載されているシリーズ第6巻・童夢の章。(でも結局もう1作はエロ健在であった・・)
魔界都市ブルース 6 童夢の章 (ノン・ノベル 648 マン・サーチャー・シリーズ 6)
暴力とエロが苦手な私をも惹きつけてしまうのは、とにかく主人公の魅力の描き方の素晴らしさで、やはりデビュー作で堪能した青春冒険小説の感動が忘れられない。
それに、後々思い知ることになったが、必要とあればどんな魅力を持つ敵でさえ一話でアッサリ葬ってしまう物語づくりの技巧には魅せられました。
全てのベクトルは「主人公の引き立て」に一貫されているというか・・
反吐が出るほどの「完璧で究極な悪役」
たとえば、第1巻「妖花の章」に収録されている『影盗人』という短編は、とにかく敵の卑劣さがとんでもなく、読んでいてムカムカしてくる。
魔界都市ブルース 1 妖花の章 (ノン・ノベル 206 マン・サーチャー・シリーズ 1)
この回のヒロインが、ただただ健気に生きている善良な一区民であることの描写が絶妙なため、彼女が受けている仕打ちの酷さに拍車がかかる。
その「仕打ち」がまさに私が苦手なエロス系で、しかもこれは反吐が出るほどえげつなく、正直読むのをやめたいほどだった。。
ただ、”物語の展開” という点に絞って考えれば、敵はこれほどの外道であると同時に、主人公・秋せつらに対し、かつてないほどの苦戦を強いる点が私を惹きつけた。
この『影盗人』に登場する敵がある意味で見事だったのが、秋せつらの強さを、これもかつてないほどに引き立てた点です。
影を奪い、その影を実体化させ、本体の身体に直接の影響を与えうるというのが敵の能力ですが、「影を使役する」ことも可能で、操られた影は本体の能力を具えている・・
ということは「せつらがフルスペックの力でせつら自身を襲う」というシチュエーションが成立する。
こういう展開はデビュー作『魔界都市<新宿>』のような ”青春冒険小説” が大好物の私にとっては目を離せないもので、実際にこのシーンの緊迫感もまたえげつなかった。
魔界都市ブルースの第1巻掲載作品なので、まだキャスティングもほとんど広がりを見せておらず、何よりもチートキャラのドクター・メフィストが登場していません。
(上の「復刻版」の表紙にはなぜかメフィストを始めとしたお馴染みのキャラたちが居るが)
影を奪われた秋せつらが、自前の人脈と能力で苦境を打破しなければならなかった点も、青春冒険小説的な味わいを付加してくれました。
「最強の敵として描かれた主人公」は、それと対峙する秋せつらの魅力を、いやが応にも上塗りする存在で、しかもそれが短編作品として書かれているがゆえの濃度は、堪能するに充分なものでしょう。
とにかくこの回の秋せつらのカッコよさは、私の中での1番だった。
(凌辱シーンがひどすぎて読み返す気にはなれんが・・)
余談_心に残る『主人公の魅せ方』
やはり菊地作品では、主人公描写術の巧緻さという特徴が目立つように思われる。
ちょっと違った手法で、同じ「魔界都市ブルース」のシリーズ第3巻「陰花の章」に掲載されている短編で、”匂わせ” だけで構成された『見えざる護衛』の造りもとても印象的です。
魔界都市ブルース 3 陰花の章 (ノン・ノベル 396 マン・サーチャー・シリーズ 3)
モブキャラ男女の逃避行を描き続けているだけの話で、秋せつらは男女の待ち合わせ場所で酔いつぶれて寝ているだけ。
店を出た2人の物語がどんなに佳境に入っても登場せず、当然セリフもない。
この回はヤクザの組長の情婦と、彼女と惚れ合った三下の駆け落ちがテーマです。
出会う以前の人生描写や、愛し合ってはいけない禁断の関係が深まっていく段階など、この男女についてのそれなりの背景は準備されているのに、読者が注目するのは2人の来し方行く末ではなく、ひたすら ”匂わせ” の部分。
そんなマニアックな読み方をしてしまう、いわば交流分析で言う「ゲーム」の関係が、著者と読者の間で交わされているようで楽しい。
最後は一応ハッピーエンドとなることに加え、普段は人を人とも思わない秋せつらが純然たる人助けをする気まぐれと、実は彼が酒に弱いことが判明する楽しさなどが相まって、この回はえも言えぬ爽やかさで、結局主人公の株を上げることに成功しているところがやはり菊地作品の真骨頂かもしれません。