【感情会計】善意と悪意のバランスシート

善と悪の差し引き感情=幸福度

【F1の話題】ロイヤリティはNG? 不思議なウィリアムズチーム(前編)

「成功」の前に必要な「成功を受け入れる準備」は教育されない

たくさんのお金を手にすると、人は気づかぬうちに、自分自身のトラウマや内的課題を拡大させてしまう、という説があります。

 

現在の自分の器では処理できない未解決な課題が、未解決のまま ”多額の支出行動" という形で現実世界に露出された結果、自身の生活を破壊してしまうことがある・・

 

・・と、経営コンサルタントの神田昌典さんがそのような意味のことを語っていたと思いますが、私はこの説がとても気になっています。

まさに「(比喩としての)自家中毒」ですね。

よく言われる「宝くじの高額当選者は人生を壊してしまう」という説に通じるものを感じます。

 

「こんなに努力してきたんだから」や「自分だけは大丈夫」は本当に有効か?

「お金がたくさん入ったから、ずっとやってみたかった〇〇をやってみよう」と、持たざる者だった頃から心のなかで温めていた、ささやかな願いをいくつか叶えているうちに、じつは危険な道に踏み込んでいる・・

 

しかし当人にとってはあくまでも従来の価値観に沿った、身の程をわきまえた判断をし続けているはず・・

・・という思い込みから、知らぬ間に ”従来の道をかたどった危険な道” に踏みこんでいるという流れは、なんだかとてもリアルな気がします。

 

もっとも神田さんによれば「お金が手に入った」というのはあくまでも事例のひとつであって、『成功』と呼ばれるもの全般が自我を拡大させ、結果として内的課題をも拡大するようです。

 

そして一般的に『成功』はお金と直結することが多いので、得た金銭の額が分かりやすいバロメーターなのではないかと思っていますが、実際には『成功の形』は様々です。

 

ただ、破綻に至る過程は一定のパターンを経ることが多いように思われるので『勝ちパターン』と『破滅への足取り』は紙一重なものなのかも知れません。

 

 

「君は今季限りでクビ。これが頑張ったご褒美だよ、ウチではね」

私は以前から

「どうしてフランク・ウィリアムズは、せっかくワールドチャンピオンを獲得したドライバーを、そのシーズンかぎりで手放してしまうのだろう?」

と、気になっていました。

 

これが ”お約束” なのかな?

と思ってしまうほど繰り返しています。

1987年にチャンピオンを手にしたネルソン・ピケを皮切りに、

1992年のナイジェル・マンセル

翌93年のアラン・プロスト

そして96年のデイモン・ヒルまで

じつに錚々たるメンバーが、映えあるワールドチャンピオン獲得がトリガーであったかのように放出されています。

 

玄人が考える「勝つための理論」ってこれなの?と言いたくなるウィリアムズのドライバー待遇

フォーミュラカーレースの最高峰たるF1グランプリで、その年のナンバーワンになることは、ドライバーとしてもチームとしても「偉業」と言って差し支えないと思います。

 

それならば

「来季も是非、この最高のチームで栄冠を我がものとしたい」

と考えるのは自然なことだし、そのためのドライバー選びとして、”今年のチャンプ” が選択肢の一番になるのもまた、自然なことではないかと思います。

コンストラクターズタイトルの獲得にもそれが最有力でしょう。

 

・・が、ウィリアムズではそれをしていない。

 

タイトル獲得でドライバーが天狗になり、よほど扱いに困るようになったとかならばともかく、この豪華すぎる顔ぶれを見る限りとてもそうは思えない。

だいたいピケやプロストなんて、ウィリアムズ移籍以前に何度もチャンピオンになっているわけで、今さらそんなに態度が変わるとは到底思われない(そんな小物ではない)。

 

ほかにも、ヒル放出の話が出たのは、まだ僚友のジャック・ヴィルヌーヴとのタイトル争いの最中であり、確実視はされていたものの、現実には獲得前に放出が決まっている。

天狗になるどころか、細心の注意を払い、しのぎを削って戦いに没頭している頃です。

 

最高の成績さえ上げなければクビはつながる

ちなみにですが・・

87年で放出されたピケのチームメイトだったマンセルは、その後もウィリアムズに残留

93年、プロストのチームメイトだったヒルも同じく残留

96年のヒルのチームメイト、ジャック・ヴィルヌーヴも残留・・

 

・・と、チャンピオンは追い出してしまうのだが、No.2ドライバーの首はつながったままにしている。

 

唯一、92年にマンセルと共に走ったリカルド・パトレーゼは、チャンプを獲ったわけでもないのに例外的に(?)チームを離れており、これには明確な理由があったようですが、話が逸れるのでここでは触れないことにします。

 

そしてこれも例外的なことですが、97年にチャンプを獲得したジャック・ヴィルヌーヴはその翌年もチームに残留し、最強マシンで二度目のタイトルを狙うことになりました。(⇐そうそう、それが普通でしょ?)

しかし、ヒル放出時のチームの態度に激怒した天才デザイナーのエイドリアン・ニューウェイがウィリアムズを去ってしまい、チームは巨大な力を失うハメに陥ります。

 

それだけでなく、もともと開発力に難があったジャック・ヴィルヌーヴは、ドライバーが行うべきチームへの技術的貢献度も、ヒルとは比べものにならない。

 

エンジニアとドライバー、それぞれの重要人物を一度に失うことになった判断が祟り、ウィリアムズは『強豪』の座を失っていくことになります。

 

「失う前に気づけよ!」のツッコミ待ちでも超一流だったウィリアムズ

無名のテストドライバー時代からウィリアムズのマシン開発に尽力してきたヒルをクビにしたことは、”いかにもウィリアムズらしい” いつものパターンだった・・

そして実はこれが「終わりの始まり」だったわけですが、その凋落が可視化されたのが 97年のチャンピオンドライバー(ジャック・ヴィルヌーヴ)をクビにせず、翌年のシートを与える(大事にする)という ”ウィリアムズらしくないことをした” タイミングだったことに、ある種の皮肉を感じます。

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