物語の3日目 11月11日(金)PM6:30
苦労して奪った1800万円の札番号が、すべて控えられていることを知ってしまった。
これでは、せっかくあてにしていた豪華な晩めしには、今夜はありつけそうにない。
いきなり金遣いが荒くなり、同僚たちの要らぬ疑いを招くのは得策じゃない。
そう思って今日の昼メシも、会社のいつもの出前で、いつもの安ラーメンしか食べていない。
こんなメシでは、荒ぶる俺の心と胃袋は、とうてい納得がいかない。
祝杯代わりにガッツリした昼飯を食うのを差し控え、今夜の晩餐に賭けたというのに…
…がっかりしたらなんだか、腹が、減った
街の商店街で夕めしを買って帰る楽しみ
私は孤独のグルメの中でも、つい何度も見返してしまう好きな話がいくつかあります。
そのうちの一つが、【江東区 砂町銀座を経て事務所飯】(⇧⇧の回の話です)
井之頭五郎が、夜に自分のオフィスで仕事をすることになり、途中で戸越銀座の商店街へ寄って、色々な店で夕ご飯を買い込んでいく話です。
独りアパートめしを買い込む朝倉哲也
『蘇る金狼』では、この日の朝倉君はアパートに帰宅するだけですが、家には食べるものが何も残っていないので、近所の商店街へ買い出しに出かけます。
小説では
缶詰のスープを温め、コッペにはさんだサンマのフライとリンゴをかじりながら
という描写がされています。
戸越銀座で買い込んで事務所で豪華晩餐した井之頭五郎のメインおかずはマグロメンチでしたが、朝倉君の場合はサンマのフライだったようです。
『コッペ』ってなんだ? パンのことでは?
それはいいのですが、ここで気になるのは『コッペにはさんだ』という記述の仕方です。
『コッペパン』と書いてはいけないのでしょうか。
なにか、ハードボイルド上の規定があるのか?
それとも、『コッペ』という食べ物があるのでしょうか。
ちなみに、この聞き慣れない単語を 目にしたとき、私の頭はイメージ作りに難渋し、結果的に最初に浮かんだのはこれです。
HAC アルミアウトドアクッカーセット コッヘル キャンプ鍋 4点セット HAC2167
山登りしたときの美味しい食事には欠かせない「コッヘル」
冗談ではなく、私はこのシーンを読むとき、コッヘルを使った暖かく美味しい食事のことが、常に頭をよぎっています。
朝倉君のこのシーンと無関係なことは充分に知りつつも、とにかくコッヘルというものが、なんとなく美味しい食事を象徴しているようで、なにやらサンマのフライがとてもうまそうに思える。
ハードボイルドに、『御御御付け』はふさわしくない
再び、上記の描写を引用します。
缶詰のスープを暖め、コッペにはさんだサンマのフライとリンゴをかじりながら
このスープに関しても気になります。
私がこのシーンから「缶詰のスープ」というキーワードで思い浮かべるのがこれ
少年時代から、なぜか異様にインパクトを感じたキャンベルの各種スープ。
キャンベルジャパン株式会社が設立されたのは1983年(昭和58)ですので、私が仮置きした『蘇る金狼』の年代設定である1966年(昭和41)には存在していません。
しかし、キャンベル濃縮缶スープが日本に輸入され始めたのは1950年代半ばですので、朝倉君も二十歳ぐらいのときにはこのスープを見ているはずです。
安月給の朝倉君がスープを飲みたいなら
でも、キャンベルのスープは朝倉にはちょっと高級すぎる気がします。
下の記事でもふれたように、ボロニアソーセージが現在の令和時代より割高だったと推察されるこの当時、洋食スープが流行り出していたとはいえ、きっと朝倉の家計に与えるダメージは大きかったはず。
しかし、当時の日本人のほとんどすべてが毎日のように飲んでいたであろう御御御付け(おみおつけ。ようするに味噌汁)を飲むようでは、ハードボイルドの名が廃るとでもいうのか、劇中で朝倉が味噌汁を飲む描写はなかったと思います。
家計は火の車だが、そこをなんとか洋食スープで、というなら、せめて粉末スープで薄めに作り、塩で味を整えるぐらいが、彼のフトコロ具合を考えると適切でしょう。
しかし、それはそれでまた問題があり、ハードボイルドの朝倉が調理慣れした感じで塩味調整をやってるところは見たくない。
キャンベルがダメなら、クノールスープはどうだ?
ちなみに、クノールスープが日本にやって来たのは1964年なので、このときの朝倉が入手できてもおかしくはないのですが、クノール第1段は「鍋で手作りするタイプ」
しかも、マッシュルーム、オニオンクリーム、チキンクリーム、チキンヌードル、ビーフヌードルの5種類と、そこはかとなくブルジョアジーの香りが漂います。
一番チープ(手軽!)なイメージで朝倉に合いそうなコーンスープは、このころのクノールのラインナップには存在しません。
スープ缶を直火で熱するハードボイルド
もう一度、小説の引用文を貼ります。
缶詰のスープを温め、コッペにはさんだサンマのフライとリンゴをかじりながら
「缶詰のスープを温め」とありますが、電子レンジが普及していないこの時代なら、鍋に移し替えたのでないなら直火だったと思います。
ハードボイルドの朝倉が、鍋に移して温めたとはとうてい思えません。
しかし、だいたいどの缶詰でも「直火は避けてください」と書いてあるのが普通です。
本当なら、ここでこそコッヘルを使ってスープを温めてほしいものです。
ちなみに、直火で温めたスープもやっぱりそのままラッパ飲みしたのでしょうか。
この日の夕食ではお酒を飲んだ記述がありません。
多分このとき、片手にはサンマフライサンド、もう一方はスープ缶をラッパ飲みだったはずです。(ジュウザさん、再び出番です)
夢と想像(妄想?)が広がる、大藪春彦の『蘇る金狼』
まさしくこれは『孤独なグルメ』
(絶対主旨が違うと思うけど)
私の記事と同じタイミングでこの本を読んでいたというタフジさん、楽しんでますか?
似たコンセプトの記事、楽しませてもらってます。