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孤独なグルメ『蘇る金狼』番外編(12)~「朝倉哲也と暖房」ハードボイルドは部屋を暖めない

※当初「ぼっちは部屋を暖めない」という、私自身の経験をタイトルにしていましたが、公共料金値上げの圧迫などにより、単身以外の世帯でも暖房カットを余儀なくされている方も多いと思うので、タイトルを変更しました。失礼いたしました。

 

「孤独なグルメ『蘇る金狼』シリーズ」では、朝倉君は現在、赤堤でリア充な食事をしている最中ですが、普段なら聖夜でも独りメシを堪能しているはず。

 

初心を忘れないためにも、ここで番外編として、これを差し込みましょう。

 


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   ⇩

いや、そうじゃない

『ハードボイルドは部屋を暖めない』だ。

誰かと過ごす部屋じゃないのに、部屋全体を温めてどうする。


自分の体を覆う周囲1センチの空気さえ冷たくなければ、ひとりの夜も充実する、というポジティブ術・・(経験者なので語ります)

 

今回の番外編では大藪春彦先生の『蘇る金狼』を、このテーマを切り口に読み解いていきましょう。

 

 

今だから書いておきたい。冷たい部屋での過ごし方

かつて、年収160万円前後で数年過ごしたときの私の暖房事情は、経済的事情とオーバーラップしたシビアなものでした。

 

自分の体さえ凍えなければ、室温がいかに下がろうとも放置。
独りの部屋に、暖房など要らない・・というかお金がない。

 

電気代が爆上がりしている現在に照らして、なんとも身につまされる当時の記憶です。

 

ハードボイルドは部屋を暖めない

『蘇える金狼』の朝倉哲也も、部屋に暖房を置かないハードボイルドな男です。

 

現在よりも温暖化が進んでいない、昭和41年の東京の寒さは、今よりも厳しかったでしょう。

住宅の密閉度だって現在ほどではないだろうし、おまけに彼が住んでいるのは安アパート。

 

隣室で鯖を焼く煙がドアの隙間から侵入してくるような安普請の建物ですから、冷気の侵入はその比ではない。

 

しかし、安月給にあえぐ彼は、そんな生活に甘んじる以外にない。

 

みすぼらしい部屋の光景は、野望を胸に秘め、暴力と奸計でのし上がる途上の、ほんの一風景にすぎません。

むしろ、ハングリーさを掻き立てる媒体でしかないでしょう。

 

でも彼は、大金を手にした後も、その生活スタイルを変えようとはしない。。


問題は「バター」じゃなく「人間強度」

「俺はパソコンに暗証コードを入力した」

 

と書くよりも

 

「俺はパソコンに暗証コードを叩き込んだ」

 

と書くほうが、よりワイルド感が漂います。

 

動作は同じでも、少し乱暴に表現したほうが躍動感が生まれる。


ハードボイルドを描く『蘇える金狼』では、そういった表現を随所に見ることができます。

 

そんな中、ひとつの要素を貫く”ある事柄”に対し「なぜそこにこだわるの?」と、密かに可笑しみを感じる点があります。

 

以前の記事で軽く予告しましたが「朝倉哲也と暖房」です。

 

部屋に暖房を置かない朝倉哲也

常に熱く燃え盛る、たぎり立つ肉体の持ち主で、ゆえに寒さなど感じないのかと思いきや、彼が凍えている描写は意外に多い。

 

特に、上目黒のアパートの部屋で、孤独な就寝に入るシーンのベッドの描写が可笑しくて仕方ない。

 

たとえば、まだおカネがない頃なのに、なぜか「値段の心配のない」と表現された大トロを注文した11月14日(月)は、明け方近くにアパートに帰宅します。

 

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このときの彼の様子を引用してみます。

 

服を脱ぎ、電灯を消すと、拳銃を枕の下に突っ込んでベッドにもぐりこんだ。ベッドは冷え切っていて、しばらくのあいだ朝倉の震えはとまらなかった。

朝倉くん、枕デカい

 

いや、そこじゃなくて・・

 

朝がえりの月曜出社って萎えるよね

 

そこでもない。

 

『ベッドは冷え切っていた』

そこへわざわざ「服を脱いだ状態」で横たわる朝倉哲也。

何の罰ゲームなのだろう?

 

 

風呂は「乾布摩擦」か「冷水摩擦」で済ませる朝倉哲也

大藪先生の「寝るときイジり」はこの後も続きます。

 

11月18日(金)。

定時帰りし、冷え切った部屋へ帰った朝倉は、安ウイスキーをラッパ飲みしながら、鯨の罐詰3つをガス台の火にかけ、”煮えたぎった” 鯨肉を胃に送り込んだ後、床に就こうとします。

 

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朝倉は服を脱ぎ、身震いしながらベッドにもぐりこむ。蒲団とマットのあいだに、コルト自動拳銃、福家から奪ったヘロインの小包、坂本たちから奪った十数万の金などが無事に眠っているのを見とどけて溜息をつく。

 

朝倉くん、じつはマット使ってる件(笑)

 

・・それは私もそう思った。


硬いベッドの台上にせんべい布団を敷いて、呉王の夫差みたいに寝ているのかと思いきや、マットを使っているなんて、と。

 

しかも、「ベッドにもぐりこんでから」敷ぶとんをひっそりとまくって確かめてるあたり、そこはかとない可愛らしさがうかがえます。

 

敷ぶとんの頭部、体部、脚部のどのあたりをまくりあげたのだろうか?


少なくとも自動拳銃は体の下からは外したほうがいいぞ。


ちなみにこの日は午後7時に床に就いてから4時間後に目覚め、23時に再び起き出します。


そして・・

 

下着を全部脱いで洗濯機に放りこみ、凍りつくような濡れタオルで全身をぬぐった。

 

だから、何の罰ゲームだ(笑)

なぜ「凍りつく」ほど冷えた?


濡らした後でベランダにでも出しておいたのだろうか?

 

バター <(大なり) 人間強度

私は、これら一連の記述を読み、何らかのこじつけをしたくて色々考えた末、彼のバター摂取量が異常に多いことと結びつけ「朝倉の体は、実はバターなんじゃないか?」と、かなり無理のある言いがかりをつけようと考えていた・・

 

・・あの日までは

 

しかし、あの日⇩⇩を境に考えを改めました。

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以前の記事に書いたとおり、このお姉さんの話で『化物語』を知った私は、朝倉があえて暖を取らず、やたらと凍える様子に対する、鉄板フレーズを身につけました。

 

一言にまとまっていて、わかりやすい。

 

これに比べると「朝倉は実はバター」なんて、小学生の悪口レベルだったと恥じています。

 

朝倉がなぜ、罰ゲームのような暖房事情に甘んじているのか?

それはすべて、人間強度を下げないための、彼なりの生活防衛術だったことを知りました。

すばらしい。

 

独り寝のベッドの寒さは加速する

その後も大藪先生の「寝るときイジり」は冴え渡ります。

 

京子との初めての一夜を過ごした後

(・д・)チッ

 

独りアパートに帰宅した朝倉の就寝は、これまでと比して、いっそう輪をかけた描写になっている。

 

買いたての舶来物の衣装を脱ぎ捨て、心臓が縮みあがるほど冷えきった粗末なベッドにもぐりこむと

 

いつもより多く冷えていたのだろうか?


朝倉のベッドには、温度調節ツマミでも付いているのか?

ドラゴンボールの戦闘値インフレを彷彿とさせる、ベッドの冷却度です。


また、こんなシーンもあります。

あの有名な(?)、「わんこオデン」を繰り広げた翌朝(わんこオデンのくだりはこちら⇩⇩⇩からご覧ください)、上目黒から三軒茶屋まで縄跳びで走ってアパートに戻った朝倉は、風呂代わりにこんなことをします。

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アパートで、全裸になって目の荒いタオルで体をこすり、通勤用の服をつけた。

 

「乾布摩擦」または「冷水摩擦」が彼の入浴だったらしい(あとはボクシングジム『目蒲拳』のシャワー)。

 

メジャーになるまでのオードリー春日氏の日常が、テレビで彼を見る一般人からすると『非日常』だったから衆目を集めたというところはあるでしょう。

 

しかし、”タオルなどで体をこする”という行為を風呂代わりにしていた日本人は、『蘇える金狼』連載当時は、普通にいたことが彷彿とされます。


ストレッチ DVD 乾布摩擦ストレッチ~時間がない場合に行うマッサージストレッチ~

 

乾布摩擦というものは、現在だと意識高い系が実践するイメージですが、5~60年前だと様子が違う。

これに関しては「ハードボイルドだからやっていた」とは一概に言えない点です。

 

そして、『蘇える金狼・野望篇』つまり上巻ではおそらく最後になるであろう大藪先生の「寝るときイジり」はこれです。

 

疲労した体にアルコールが急速に駆けまわった。体が熱く、氷を張ったように冷えきったベッドに倒れこんでも苦にならない。

 

よーく冷やしておいたのでしょうか😂

 

しかしそれでも「タバコを一本吸い終わらぬうちに、快い眠気が襲ってきた」そうですので、もはや氷のベッドに横たわることなんて、フリーザ編ごろの狼牙風風拳なみに、物の数ではなくなっていたようです。


第88話 ゆけヤムチャ! 恐るべし天津飯

 

ただし、そんな朝倉君ですが、翌朝は寒かったようです。

 

寒気に胴震いしながらベッドから滑り降り、流しで水を飲む。

 

どうやらベッドから滑降したらしいので、文字通りアイスバーンだった可能性はあります。


いやぁ〜、面白い。大藪先生の「寝るときイジり」

 


あと個人的に「京子を騙す『朝倉のデタラメ話』」も、わたし、結構気に入ってます。

ものすごい ”雑” なんだけど、そこをあえて凝ったセリフ回しにしてない感じとか、、

 

なんというか、通販番組の「※個人の感想です」や、バラエティとかの「ダイジェストでお送りします」みたいな『一応やっときます』的な説明なんです。

 

『ま、朝倉はこんな感じで京子を騙したんだ』感が拭えない。


読んでるこっちも『了解、そこは突っ込みません』て感じで流し読みする。

 

大藪先生との「暗黙の了解」「ノールックパス」を繰り広げながら読んでいく展開が、また楽しいのです。