では引き続き、11月25日(金)夜10時ごろの新居(アパート)でのシーンを見ていきましょう。
「夕食」というにはかなり深い時間ですが、朝倉と京子が食べ始めるところからです。
「久しぶりにお腹がすいたわ」
そう言って京子が口に運んだのは『コールド・ミート』
『コールドミート』???
何気なく読んでいると素通りしてしまいますが、『コールドミート』ってなんだろう?
瞬時に私の脳裏に浮かんだのは、ひき肉に野菜やスパイスなどを混ぜて揉み込み、一旦火を通してテリーヌ的に仕上げ、それを冷ました感じの肉料理・・といったものです。
ボロニア疑惑
しかしながら「コールドミート」をWEBで調べてみると、そこには恐るべきことが記されています。
コールドミート【cold meat】
ローストビーフ・ローストチキンなど調理した肉を冷やしたもの。ハム、ソーセージなども含まれる。
大藪先生が、なぜ「京子が食べた肉料理」をこう表現したのか?
なんとなくの言葉の響きからですが、朝倉とは一線を画した、オシャレなものを食べているイメージが湧きます。
ではこのとき、京子と差し向かいの朝倉はどんな状況だったのか。
小説から引用してみましょう。
朝倉は水割りにしたスコッチで喉を湿しながら、若鶏の股を四、五本胃に収めた。
やはり、安定のワイルドです。
ちなみにこの「若鶏の股」とは、上に挙げた定義にならえば、まさに『ローストチキン』ではないかと思われます。
ですが、大藪先生はそれを『コールド・ミート』とは表現しない。
この表現の不一致具合に、私たちは眉をひそめざるを得ません。
一方で、京子の場合は『コールド・ミート』
他の想像を許さないための言い方にも思えます。
ここに、なにかある気がする・・
コールドミートの謎を追え!
特に気になるのが、コールドミート用語解説の後半部分です。
コールドミート【cold meat】
ローストビーフ・ローストチキンなど調理した肉を冷やしたもの。ハム、ソーセージなども含まれる。
『ハム、ソーセージなども含まれる』
つまり朝倉がワイルドに喰らっているのも、じつはローストチキンという名のコールドミート。
そして、京子が食べていたコールドミートはハムかもしれないし、ソーセージかもしれない!!
だとすればこれは、容易ならぬ問題でしょう。
ソーセージといえば・・そして朝倉&ソーセージといえば・・
そうです。
蘇える金狼における聖域・大藪作品の象徴
朝倉のHP回復アイテム『ボロニアソーセージ』
もしかしたら、京子はあろうことかボロニアを口にしていたのかもしれない!
そんな事があって良いのか?
神聖なボロニアが朝倉以外の者に食された疑惑を追求する
朝倉以外の登場人物が、彼の・・いや、物語そのものの聖域たるボロニアソーセージに手を出すなんて、大藪作品への冒涜だ(書いてるのが大藪先生自身ですが)。
「そう決めつけるのは早いぞ!」
ンッ? 誰だキミは?
チッチ勢ではないな。
(・д・)チッ
ほら、チッチ勢はこっちにいる。
ってか、リア充描写してないのによく出てきたな。なかなか空気読めるな。偉いぞ!
(*ノ>ᴗ<)チッ
・・・そんなバージョンあんのな?
で、キミは誰?
「この日の二人はボロニアソーセージを買わなかったかもしれないじゃないか!」
こっちの質問はガン無視かい。まあいっか・・
たしかに、そう主張したくなる気持ちもわかります。
しかし、この日の深夜に朝倉がボロニアを喰らうシーンがあるのです。
この部屋には明らかにボロニアが存在する。これを覆すことはできません。
「か、買い置きがあった可能性も否定できないはずだ!」
買い置き?
そのような物が、この部屋にある筈はありません。
なぜならこの赤堤のアパートには、今夜9時半過ぎ、つまり、ほんのついさっきまで家具すら無かったのです!
冷蔵庫もないガランとした部屋に、ボロニアだけをドサッとキロ単位で(朝倉的な購入単位に基づく)置くでしょうか!
(ま、☝️これは生肉だけどね)
玄関の扉に貼った表札代わりの名刺には、朝倉の偽名『堀田』が記されています。決して『精肉店』とは書かれていません!
いやはや・・セリフ回しが完全に【古畑任三郎】の明石家さんまの回『しゃべりすぎた男』の法廷シーンにインスパイアされています。あれは本当に面白かった。
薄切りハムは存在しない・・大藪春彦作品では
食べることばかり書いてるのであまり触れていませんが、朝倉はこれから京子を色々と騙さなければなりません。
そのためには、彼女に対しては常にカッコよさを演出しなくてはならないのです。
ガラ空きの部屋にボロニアだけを積み上げておいて「コレ、ボクチンのHP回復アイテム(・ω<) テヘペロ」なんて絶対やらない。
このことから、京子が素手でつまんで口に運んだという『コールド・ミート』がボロニアであった蓋然性は高い。
「な、なにもボロニアと決めつけなくても・・」
では何だというのでしょう?
「それは・・、た、たとえば『薄切りハム』とか・・」
このとき私の脳裏に浮かんだ画像
・・失礼しました。
残念ながらそれもありません。
なぜなら「薄切りハム」などというチマチマしたシロモノが、この大藪世界観の中に存在するはずがない。
過去のシーンがそれを証明しています。
(え〜裁判記録がそれを証明しています、ハイここに書いてある。『芳賀くんの尋問のくだり』・・ああ、古畑が頭から離れない)
証拠のシーン1 有楽町
物語二日目の朝。於:モーニング・サービスのグリル
細長いカウンターの奥で、一人きりで働いている禿頭のマスターはコック兼用で、朝倉がハム・ステーキを注文するとすぐ眼の前で作ってくれた。
注文したのは「ハム・ステーキ」であることが明確に記されています。
厚さこそ書いていませんが、この後の記述にこんな描写がある。
「お待ちどおさま」
マスターは焼きたてのステーキにバターの塊りを乗せて、朝倉の前のカウンターに置いた。
いかに焼きたてといえども、1センチ程度のハムでは、その上に『塊り』は置けません。
冷蔵庫から出したバターの塊りをある程度は溶かせるだけの熱量を保持していなければ、バターにナイフを入れて切るような状況になります。
朝倉くん相手ならそれが普通かもしれませんが、ここは会社へ向かう途中の腹ごしらえに立ち寄っただけの店。
一般的な分量で作っているはず。
となれば、バターを溶かせるだけの応分の厚さ必要です。
肉量の単位は『キロ』~大藪度量衡の掟
朝倉が食する肉の単位は、大籔的世界観の中では「キロ」が基本です。
「半キロ」などという表現が当たり前で、たとえ妥協しても「ポンド」までしか譲歩はできません。
このとき食べたハムも、キロまたはポンドで表現できる程度の重量があったことは疑えない。
そこを疑うようでは、大藪読者は務まりません。
スペイン産 高級 生ハムブロック【世界三大ハム】ハモンセラーノ400g~500g
400グラムと記載のあるこのハムで、三徳包丁を上回る厚さがありそうです。
⇩⇩⇩(上記商品ページ内の別画像です)
できればハムに刃が入っている画像が欲しかったのですが、そんなことをしたら最も重要な断面の画が撮れないからこれは仕方ない。
それでも、比較のため包丁を映り込ませてくれているのはありがたい。
遠近感がつかめませんが、三徳包丁の縦の幅が4センチくらいなので、この感じなら少なめに見積もってもハムの厚さは5センチはあるとみてよいでしょう。
あまり厚さのある肉類だと火が通りづらくなりますが、元々がハムだけにその心配はない。
何より、朝倉君はホルモン屋では焼かずに生食する男。むしろ生焼けなくらのほうがお好みだと思う。
他にもあります。
証拠のシーン2 横浜
初めて京子に近づいた翌朝。於:ホテル・ニュー・ハーバー
「君も食べないと・・・」
と言って、横のテーブルに手をのばす。料理は、三センチの厚さのビフテキとサラダ、それにトマト・ジュースと黒パンだ。
「三センチの厚さのビフテキ」が二人に供されたことがこれでわかります。
⇩⇩こちらの記事では、そのシーンについて考察していますので、興味のある方はどうぞ
「そ、それだってわからないさ。ホテル側が女性に気を使って、京子のぶんだけは薄切りだったって線は?」
ここまで証拠が揃っているのに、苦しい言い訳ですね。
しかし残念ながら、それはありませんね。
その証拠に、この後の描写を引用してみましょう。
京子はあれほどのエネルギーを消費したのにもかかわらず、
(・д・)チッ
イヤ今出てくるな!大事なとこなんだから、空気読め!
ビフテキを半分ほど残した。
「だ、だからそのビフテキのほうは3センチも無かったんじゃないかと言ってるんだ」
大事なのはそこではありません。その次です。
「僕が片付けてやる」
朝倉は、京子の残したビフテキにフォークを突き刺した。
フォークで突き刺して持ち上げようとする。
これを薄切りの肉に対して行うでしょうか。
肉がついてこなくてフォークだけ持ち上がってしまったら、ハードボイルド崩壊の危険があります。
最悪なのは、途中で肉が落下した場合です。
肉を受け止めようとするアクション中の表情を、京子に見られてしまったら・・。
目を見開いて「アァ!」などと声を発するような醜態・・
それはハードボイルドの辞書には載っていない。
そうかといって顔が無表情なまま手の動きだけが慌てているのも、取り繕いが見え透いて、京子が幻滅してしまうかもしれない。
朝倉はそんなリスクを冒さない。
だからといって、薄い肉に斜め上からソーッとフォークを入れ、皿から剥がすような持ち上げ方もしない。
恥をかきたくないからと、端から徐々に持ち上げるような「送りバント」的な振る舞いは論外です。
朝倉君はなんと言っても、ウォッカの壜を倍達風に開ける男。喰らうときの力強いアクションに定評のある熱き漢なのです。
結論ー断腸の思い『コールド・ミート』
厚切りでない肉は、【肉】とは呼べない。
それがこの『蘇える金狼』の世界観です。
薄切り肉は要らない
厚切りでないと人間強度が下がるから。
というわけで、主人公以外の登場人物によってボロニアが食されたことを、大藪先生はそのまま書くに忍びなかったのでしょう。
それゆえの『コールド・ミート』
この一文を書いた後、机に両肘をついて頭を抱える大藪先生の姿が、このページの行間から浮かんでくるではないですか!