今朝の電車は、全車両が1個の広告で埋め尽くされていました。
外装から中吊り、壁からスクリーン内の映像まですべて、です。
私は扉の上についているスクリーンで、ニュースなどを見たかったけれど、そこもずっと宣伝の映像が流れていて、正直ウザかった。
かといって、スクリーンから目を外しても、視界のすべてが同じタイトルの広告で埋め尽くされている
あまりしつこく大げさな広告は好きではありません。
出来れば見たくない。
しかし、単に目を閉じただけではこのうっとうしさは消えない。
「目を開けたらそこかしこにウジャウジャと、不快の元がある」という意識があるからです。
目を閉じて、かつ、この意識を手放す方法は「ウトウトする」ことしかないでしょう。(むろん、熟睡でもよいですが)
しかし、立ったままでその状態に到達するのは困難なので、私はカバンの中をゴソゴソとかきまわしてスマホを取り出しました。
普段、携帯電話は家に置きっぱなしで何度もバッテリ切れを起こす私ですが、今日は調べ物をする必要があるので持っておりました。
普段薬を飲まない人が、たまに飲んだ時の効き方が著しいように、普段スマホを見ない私が画面を見たときの効果はすさまじかった。
画面以外の視界はゼロ。
パーフェクトにゼロ化して、周りにいる人も、うっとうしい広告も、まるで目に入らない。
加えて、全神経がそちらを指向したせいで、ちょっと目を上げればゴチャゴチャと見えるはずの広告の存在も、全く気にならない…どころかその存在を忘れてしまった。
これはスゴイ効果だ!
思えば、別にマルチタスク脳の持ち主でもない私が、あの小さな画面情報に目を凝らしたら、周りのことに意識が行かなくなるのは当然です。
仮に、視界の隅に何かを捉えても、それは自動車運転中の「空走距離」のように、制御が利かない状態と同じです。
※空走距離とは、運転中に危険を認識してから、ブレーキペダルを踏むまでの時間に、自動車が走行してしまう距離のことで、要はスピードを落とさずに危機に近づいてしまう恐ろしい状態です。
時速40㎞で走っているときに、1秒間の空走距離11メートルと言われます。
時速4㎞で歩いているときの、1秒間の空走(歩?)距離は1.1メートル。
車間(人間?)1.5メートルは開けとかないと、もし前を歩く人がハザードランプを出さずに(?)停止または減速した場合、追突の危険がある。
前を歩行する1人の足元だけを何となく視界に入れていれば安全で、他人に迷惑をかけないかと言うと、そんなことはない。
自動車で走行中、前の1台だけを見て操縦すると「コイツの運転チョー下手クソ!」の烙印を押されるのは、ちょっと運転慣れした人にとっては常識です。
流れに合わせて自他ともに安全に走行し、かつ自他ともに快適に走るためのコツは、数台先の車までを視界にとらえることですよね。
数台先を見ることで何が出来ているかと言うと、「予測」の要素を取り入れた運転操作ではないかと、私は思っています。
予測によって操作の微調整を利かせる能力が弱い人は、普通はまともに免許が取れないはずです。
けっして「操縦が下手」なのではなく「予測イメージ力が弱い」という感じなのではないかと、個人的には思っています。
それで、走行も歩行も、単独でする場合もあれば、流れに乗ってすることもあります。
単独の場合に起きるのは単独事故ですが、流れの中で事故ると巻き添えが出る場合があるし、自分はセーフでも他者を事故に遭わせる原因を作るなんてもってのほかです。
「運転マナー」と「歩行マナー」はそういう意味で似ています。
電車の乗降前後で人の流れがもたついたとき、そこにスマホ操作者が居ることがよくありますが、あれは走行中の車の中に「1台前の車しか見ずに運転しているドライバーがいる」ときの動きとそっくりです。
私は歩行中にスマホを見る必要がある場合(?)、必ず流れから出て路端に停止し(壁などに背を付け)、後ろから来る歩行者がいないかを確認してから見るようにしています。
安全歩行の基本です。
慣れてしまうと分かりづらいかもしれませんが、スマホの目隠し効果はものすごい。
加えて、軽い催眠状態と言って過言ではないほど、注意力散漫なレベルまでTPO適応能力を落としてくれるので、雑音遮断機能も有している。
調べものが手軽にできる以外に「ウザさ回避アイテム」としても、極めて優秀なツールです。
私は人混みが好きじゃないので、混んだ時間の電車の乗降や、雑踏の中を歩くときにウザさを感じることがありますが、このウザさ回避には、決してスマホは使わない。
スマホには魅力があるが、使っている自分の魅力度が最悪になるからです