【感情会計】善意と悪意のバランスシート

善と悪の差し引き感情=幸福度

項羽と劉邦 エリートに無茶ぶりする「追い込まれた上司」

そのハイリスクは「合意の上」か?

個人的に賭けている事業やライフワークなど「自発的に得たいものがある場合のハイリスク・ハイリターン」は自己責任で選択自由だから、まあ諦めもつきます。

 

そうではない勤め人だとしても、出世や報酬が欲しい気持ちが先に有って、その代償としてそんな仕事を提示されて受けるのならば、相対取引的なので納得できるでしょう。

 

しかし、勤め人の立場で一方的にハイリスク・ハイリターンなことを課されたら、穏やかな気持ちではいられません。

 

それも、同じリターンを得られる同僚のほうが有利な条件を提示され、ソイツに負けたら自分は何も得られないとなればなおさらです。

 

アンフェアな条件だと上司に不平を言うと「それなら、お前は優秀だから、役職を上げてやる」と、子供だましのような対応をされる(一時期話題になった『名ばかり管理職』ですね)。

 

前回、同じテーマで書いた「項羽と劉邦 ハイリスク・ハイリターン。エリートに課される束縛と自由」では、項羽と劉邦が共にまだ懐王の配下の形式をとっていた頃の人間模様を推測しました。

 

blog.dbmschool.net

 

特に、秦帝国討滅作戦の部隊長に任命された時の項羽側の、憤懣やるかたない気持ちを中心に述べています。

 

項羽には自負があります。

 

劉邦などという輩は、故郷の農村ではごろつきとして嫌われ、何をするでもないまますでに中年の域にさしかかり、強くもなく、これといった武勇もない。

それに比べ、オレは貴族の家系で戦闘が強く、頭もよくて、何よりも奴には無い若さを持っている(まだ20代)。

 

劉邦と並び称されるだけでも不服だというのに、「関中王になれる」というたったひとつの報酬をかけて競うライバルの扱いになっている。

おまけに、秦の最強の将軍・章邯(しょうかん)と戦って撃破する義務を背負わされた項羽の負担は一方的に大きく、敵の主戦力を引き付けるオトリという言い方もできる。

 

いわば出来の悪い劉邦が手柄を立てやすくなるように、命を張って下働きをするようなものだ。

 

仕事の割り振りを誤った上司が、部下からどんな恨みをかうかを、部下目線で見たらこうなるという典型が、項羽側を描くと浮き彫りになってくる気がするのです。

 

「君は優秀だから、主力を率いる“上将軍”ということにしよう。だからこそ、秦軍最強の章邯将軍を倒す名誉の機会を与える。劉邦は別働軍だから人数だって少ないし、だいたい彼では章邯の相手にならない」

 

これが懐王サイドの言い分だったようで、別に嘘はついていないが、すべてを明かしてもいないという狡猾さでもあったようです。

 コミュニケーション次第で回避できた「ハイリスク」

懐王は、秦を倒した楚の国の王として帝国を引き継ぐことになりますから、さし当たって秦の首都・咸陽(かんよう)の人心をつかむ必要がある。

 

そのためには「自分は人民を虐げる王ではない」というアピールが必須なのに、乱暴・残虐で有名な項羽が咸陽に一番乗りしたら、また万単位での生き埋めをやらかしたりして、秦の暴政は楚によって継続されるという意識の植え付けになってしまう恐れがある。

 

本当なら項羽などという厄介者は、懐王自身が始末してしまいたいが、目下最大の難事である『章邯の処理案件』だけは、何とか頭を撫でて実力者の項羽に担当させなければ、秦討滅プロジェクトが成立しないという歯がゆい状況です。

 

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kanoudesignさんによる写真ACからの写真

 

実力と人格が兼ね備わった人材を持たない懐王は、このときほど項羽の叔父・項梁を失った損失を思い知ったことはないでしょう。

項梁なら貴族であった項家の典雅さや思慮深さを持つ長者であり、かつ、親族を尊ぶ項家の特徴で、乱暴者の項羽も叔父の言うことには大人しく従う

 

項梁にも野心がある以上、なんでも懐王の言うとおりになるわけではないが、最低限のシビリアン・コントロールが利く対象だったわけですので、それを失った状態で秦軍との最後の勝負に出るのは、懐王自身がハイリスク・ハイリターンの場に立たされていたとも言えます。

 

項羽と劉邦への業務の割り振りミスは、織り込み済みであるということでしょう。

それよりも、すべてが理想的に進展した後の立ち回りのほうが、よほど厄介で気の重い問題です。

 

項羽が章邯軍にてこずって足止めされ、その間に進軍した劉邦が先に関中に入って「関中王」になる。

やがて章邯を降した項羽が、遅れて関中にやってくる。

 

「いやぁ~、今回はまんまとやられちゃったな。でも勝負は時の運、そんなときもあるよな」

 

と、爽やかにポディウムの次段に立って、トロフィーを掲げる劉邦に拍手を送るような光景が展開するはずがない。

 

必ず血で血を洗う内紛が起こるに相違なく、その時懐王は上司である立場を以て、事態を収拾できるか?

 

自社に業界トップの手腕を持つ野心家の部下がいて、言うことを聞かないからとクビにしたら、すぐさま独立してあっという間にシェアを奪ってしまう。

 

頼りにしていたナンバーツーを失い、その補完のために“対抗馬”として担ぎ上げた劉邦では、項羽に対して微弱すぎる。

 

日に日に好転していく秦討滅プロジェクトだが、上司・懐王の心には日に日に暗雲が垂れ込めていく。

かといって上司の立場を投げ出すこともできない閉塞感。

 

組織を率いて競争場裏に立つ以上、“絶対”があり得ないので、ときには知っていながら部下に無茶ぶりする局面があったということが懐王側の視点からは見えてきて、原因は項羽側にもあるということが浮き彫りになってきます。