1週間休まずに働いても、収入の6割5分が家賃で消えてしまう。
増本卯平が働いたフィラデルフィアの造船工場での、職工たちの苛烈な経済状況が『坂の上の雲 第2巻』で描かれていたことを紹介しました。
しかし、職工たちは「アメリカの労働者ほど世界で幸福な労働者はない」という。
その理由の一つが食物がべらぼうにやすいです。
では「べらぼうにやすい食物」とは何なのか?
どういった食の世界が展開されていたのか?
気になるではないですか。
手取りの0.6%で「飲み切れないほどのビール」が提供される
桝本卯平が実体験したであろう、アメリカはフィラデルフィアの外食風景です。
司馬さんの説明はこんな具合です。
五セントもって酒屋にゆけば、職工たちは飲みきれぬほどのビールが飲める。
ホウホウ・・
私はずっと『酒場』と誤読してたけど、この稿を書くにあたって見直してみると『酒屋』でした。
酒屋かぁ・・
「角打ち」でビールをしこたま飲め!
そういえば我が家の近所にも酒屋さんが数件ありますが、店の一画を立ち飲みスペースにしているようで、よくおじさんたちが楽しげに飲んでいます。
どうやらこういった形でお酒が飲める形式を『角打ち』と呼ぶようで、かなり本格的に展開しているお店が多い印象。
坂の上の雲のこのくだりのことを考えるとき、いつもバーや居酒屋を想像していましたが、どちらかといえば住宅街で営まれている酒屋さんをイメージしたほうが良いのかもしれません。
工場の周りはアキバの電気街のごとく、角打ち酒屋が立ち並んでいた、という想像
日本での明治期の頃のフィラデルフィアの造船工場の周りには、気の利いた商業施設などは無かったことでしょうが、きっとこういった労働者向けの簡易な呑み処(酒屋)は何件も立ち並んでいたのではないかと思われます。
それにしても「飲みきれぬほどのビール」ってのは、なんだか景気が良さそうな感じです。
人によって酒量が違うので「飲みきれぬ」がどのくらいの分量かは判然としませんが、いずれにせよビールはメシ代わりにはなりません。
ビールが飲み放題なだけでは「食物がべらぼうにやすい」という表現にはあたらないと思う。
ただ、司馬さんの説明には続きがある。
ビールだけでなく
そうそう、それそれ
日本の居酒屋で出るような無料のツキダシも出る。
そうか、この一文で私は完全に「居酒屋のイメージ」に誘導されていたのかもしれない。
「酒屋」を「酒場」と誤読した要因に数えられるでしょう。
そうか「ツキダシ」があると。
ここに解答があるわけですね。
想像の難易度が高い「つきだし」のラインナップ
五セント払って「飲み切れぬほどのビール」を注文した男たちの前には、このような品が出されていたらしい。
ビーフ、ハム、サンドウィッチ、ビスケット、チーズなどといったふうの大仕掛けなもので、これで昼めしや晩めしの代用になる
何気なく読み飛ばせば何とも思わないかもしれないけれど、これを読んだ時、私の頭の中はとても混乱しました。
まず「ビーフ」とはどんな形状、どんな調理が為された一品だったのでしょう。
私が最初に想像したのはローストビーフ
正にこんな具合にスライスされた牛肉加工品が頭をよぎった。
しかし、次の「ハム」とビジュアルがかぶりすぎて、互いのインパクトを消してしまう。
スモークロースハム 700g - 800g(ロイン)Pork Loin Roasted Ham
スライスビーフとスライスロースハムが盛られた皿を、別な形で表現すれば「大トロと中トロと赤身が盛られた寿司桶」といったところでしょうか?
なるほど、旨そうだ。
いや違う、ここで終わるわけじゃなかった。ツキダシはまだ続くのです。
「具でサンドイッチをはさむ」というあり得ない想像
ビーフ、ハムの想像だけならまだよかったのですが、なぜか3番目に「サンドウィッチ」が登場します。
ここで我々は首をかしげざるを得ない。
挟まれていそうなビーフとハムが単体で登場したところで、満を持して登場するサンドイッチには、いったい何が挟まれているのでしょうか?
我々がパンにはさんで食べるものとして、ビーフやハムなどの薄切り肉以外で容易に思いつくアイテムとしては「チーズ」があります。
しかし、チーズは司馬さんが紹介したツキダシの第5番目、いわば大将の位置に坐して登場を待っているのです。
ではいったい、パンの間には何が挟まれているのだろうか?
『エルマーの冒険』では、冒険に出発する前に食事を調えたエルマーは、たしかゼリーか何かをパンにはさんでいたように記憶しています。
⇧⇧これメッチャ面白そう。みかん食べるコマとかあるのかな?
角打ちの飲み場であまり凝った料理は出ないだろうから、やっぱりパンにはさむ具といえば、加工肉とか野菜とかだと思うんだが、なぜ想像しやすいハムやチーズ類を潰してくれるんだ、フィラデルフィアの酒屋よ・・
『日替わり』の可能性を打ち消したビスケット
当然、こうも考えました。
司馬さんが紹介した各種ツキダシは「日によって違うけれど、毎日こんなものが代わる代わる出されていた」と。
つまり、ビーフやハムは単体で出る日もあれば、パンにはさまれて「サンドウィッチ」として登場する日もある。
職工たちは「今日はビーフだね。いいことあったかね?」と店のオヤジに軽口を叩きながらロースト肉をほおばる。
なにせ「昼めしや晩めしの代用になる」ってんだから、相当量のビーフが皿に盛られていたことは間違いない。
そういう意味ではサンドイッチは完全体であり、いわばハレの日の御馳走だったのかもしれません。
ただし、この想像には無理がある。
そう、「ビスケット」の存在です。
司馬さん、これ取材して書くとき、どんな気持ちでした?
晩めしがビスケットって、それはさすがにあり得ないでしょ?
腹一杯になりそうなビスケットってまさか・・
Oreo オレオ メガスタッフ クッキー 499g [並行輸入品]
だいたい「ビールにビスケット」って、どんな酒盛りよそれ?
ということで、ツキダシとして紹介されたラインナップは一日一品の単体じゃなさそうだということになりました。
となれば「サンドウィッチ」には何がはさまっていたのか?
やはりそこが判然としないのです。
《実にくだらないのにまだ続く》