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【天皇の料理番】想像を掻き立てる食事シーン

様々な小説作品の中から、想像を掻き立てる食事シーンを取り上げてブログに書くということなら、私の代表作(?)といえば、「孤独なグルメ『蘇える金狼』」ということになりそうですが、蘇える金狼以外の作品についても少し触れていきましょう。

 

今回は【天皇の料理番】です。


天皇の料理番 上 (集英社文庫)

 

「天皇の料理番」ってどんなお話?

料理人を目指す主人公・高浜篤蔵が、大正天皇・昭和天皇の料理番になっていく話ですが、私が好きなのは料理番になるまでの紆余曲折部分です。

 

越前福井の金持ちの家に生まれた篤蔵は次男坊です。

そのため他家へ養子に行っては出戻ったり、郷里を飛び出して東京でコックの下働きをしたりするあたりまでが上巻の収録内容です。

 

下巻ではフランスへ渡って貧乏ぐらししながら一流レストランで腕を磨くわけですが、そのあたりの立身伝的な物語部分が楽しい。

 

そして、さすがは「料理番の物語」ということで、食事の話が多い。

 

「どんな話か?」よりもやっぱり「食事シーン」

ということで今回は、気ぶせりな郷里を飛び出して、兄を頼って上京した17歳の篤蔵少年が、東京ではじめての外食を経験したシーンを眺めていきましょう。

 

神田の竜雲館に下宿して大学に通う、高浜家長男の周太郎は、不意にやってきた弟を連れて、近所にあるいきつけの『ニコ来(らい)食堂』を訪れます。

 

ニコ来は言わずもがな「ニコライ」をもじったものです。

そして2人が足を踏み入れたのは、お昼のドンを聞いた直後なので席は満員。

 

しばらく待たされて奥の席に付いた篤蔵は、黒板にずらりと書かれたメニューを見渡します。

 

白飯(大) 二銭

   (小) 一銭五厘

みそ汁  二銭

煮しめ  二銭

お新香  五厘

どうですかこのラインナップ。

これだけでも立派な一汁一菜。

この基礎中の基礎ともいえる内容が、細かくチョイスできるのがまた良いではないですか。

 

現代の食堂でも「〇〇定食」というセットメニューは、その字面を眺めているだけで充分にそそられるものです。

 

でもあえて定食仕立てだけでなく、分割しているお店もある。

副菜の名前が単品として書かれた短冊が、店内の壁狭しと並んでいるようなお店です。

文字を見てはビジュアルを想像し、それをひたすら繰り返しつつ自分でメニューを組み立ててオーダーできる店は、その道具立て自体が食の楽しさをそそるものです。

 

このニコ来食堂では、どうやら黒板に白墨でメニューが書かれているようです。

 

副食物が今ほど多彩でない時代ならではというべきか、基礎中の基礎の一汁一菜が、黒板メニュー中でもかなり目立つ位置に堂々と記されているようです。

 

白飯(大) 二銭

   (小) 一銭五厘

みそ汁  二銭

煮しめ  二銭

お新香  五厘

私なら白飯(小)とみそ汁、煮しめとお新香だけで充分な気がします。

しめて八銭の昼飯。

 

ほかにはどんな料理があるのかも、小説にはしっかり書かれている。

文中では「蛤つゆ」「あじ塩焼き」「精進あげ」「肉どうふ」「イカの煮つけ」と続いて、しかも「など」と表現されているので、結構豊富なラインナップです。

 

少食な私でも、こんな食堂に来たら気分が上がってもう一品くらい追加するかもしれません。

 

ちなみにこれら副菜の価格はすべて三銭か四銭とのことですので、たっぷり食べて十一銭か十二銭が、『天皇の料理番』の世界に入り込んだ私の昼の外食代ということになりそうです。