上げ底の弁当とか、中身スカスカのサンドイッチとか、セブンイレブンが叩かれているのを見ると複雑な気持ちになります。
もうコンビニで買い物をすることがほぼ無いのですが、私は学生時代にセブンでアルバイトしていて、コンビニと言えば文句なくセブン派でした。
ただ、今のセブンは、私が慣れ親しんだ頃のセブンとははっきりと異なっている気がします。
名前や外見は一緒でも、中身は既に別物といってよいと思う。
近年の出店と昔の出店はどこが違うか?
私がアルバイトしていたセブンイレブンは、元々の屋号は「三河屋」でした。
つまり「地元の酒屋さん」です。
老夫婦が経営する、長年地域社会に息づいてきた個人商店です。
業態は変わっても、すでに持っている酒類販売業免許でお酒が売れるという強みがあったため、当初セブンイレブンのフランチャイズに加盟したのは、圧倒的に酒屋さんが多かったはずです。
土地の養分の有無が、「愛される店かどうか」を決める
私がお世話になった店舗も、元酒屋の強みを活かして、三河屋さんからセブンイレブンへ転換して成功しました。
フランチャイズ形式によって量産された店舗のひとつではありましたが、その土地の養分をふんだんに取り入れて、地元民相手の事業体としての体質作りは十二分に為されていたと思うのです。
当時全国に広がっていった(全く展開していなかった地域もありましたが)セブンイレブンの多くは、本部から導入されるシステムだけに頼っていたわけではなく、その地域で商売するという一点にかけては、セブンイレブン・ジャパンなどは足元にも及ばぬ大きなインフラを持っていたでしょう。
体内で作れない栄養素は、外から摂取しなければ枯渇する
私たちの世代は、その親が育った時代はまだ日本が豊かとはいえない頃だったと思います。
しかし、肥沃な土地で出来た作物を、添加物などはほとんど使わずに調理して食べた身体から受けた「健康のキャリーオーバー」を、私たちはかなり豊富に親から受け取ったと思う。
ちょうど、セブンイレブンの事業が日本に展開し始めた頃の「三河屋さん」くらいの世代は、代々受け継いできた豊かな「地域の養分」という財産を丁寧に回すことで、本部も加盟店も、そして利用客も高い満足度が得られたころだと思えます。
「便利」の前に「その土地との連帯」が必要
しかし、拝金主義の度合いが高まると、やたらと生産性が幅を利かせるようになります。
安くてごまかしのきく商品や、大量廃棄に繋がる無理な販売展開、加盟店に損を押し付ける規制など、いかにもアメリカ的な資本の集積で「本部の儲けありき」になっていった感があります。
犠牲になったのは「日本型商売の良さ」で、要は地域に根付いた小規模事業者の持つ「地域の栄養素」が失われたカロリー(カネ)のみを尺度にした事業展開にとって代わった。
今のセブンイレブンをはじめとしたコンビニに違和感を感じる理由はそれではないかと思っています。
「三河屋さんが、便利なお店に生まれ変わった」というお得感こそ、かつてコンビニエンスストアが持っていた最高の価値であって、システムだけで作られたコンビニが無理矢理に価値を主張しようとした姿のひとつが「上げ底弁当」や「スカスカサンドイッチ」なのではないかと思います。
ちなみに
私がセブンイレブンに明らかな違和感をおぼえ始めたのは、平成4年ごろだったと思います。
就職して東京を離れ、ときどき帰省するたびに、かつてのバイト先のセブンへ足を運び、オーナーと話をしていましたが、ある時から本部差し回しの『店長』が就任しました。
オーナーが言うには「日商80万円を超えると、本部から店長が派遣されて、運営を任せる決まりがある」というのです(たしか金額はその程度だったと記憶しています)。
私はオーナーのおじいちゃん、おばあちゃんと親しくさせてもらっていて、このお2人以外がお店を切り盛りするスタイルには納得いかなかったのですが、セブンイレブン本部の規定ではそうなっていると・・
本部からすれば、業績の良い店舗を、自前スタッフの養成場所として使い、管理体制を強める狙いだったのかもしれませんが、当然ながら派遣されてやってくる店長というのは、その土地の栄養素とは無縁の人です。
アメリカ式管理方法はそうだったのかもしれませんが、日本の中で行う小規模事業者群で構成される商業として、それは相容れないものだったのではないかと、現在のコンビニを見る都度思ってしまいます。