前回「販売価格」に対する本部と加盟店の認識の違いを述べました。
同じ単語なのに意味が全く違うものだったと、後から実感した加盟店も多いでしょう。
販売商品の仕入れに関する、加盟店と本部の利益相反。
その現実に納得できるだけのベネフィットがあった時代のことを、かつてのバイト先だったセブンイレブンを例にとって何度も書いています。
どう考えても1980年代頃とは「コンビニのフランチャイズ」という言葉の響きが違う気がする。
ベネフィットはずいぶん様変わりしてしまったと思うので、現代の加盟店はあまりいい子にならなくてよい状況だと個人的には思います。
しかし、日常の煩雑さの中で、自身が抱く『不満』をロジカルに考える余裕も無い。
主張すべきこと(文句言う内容)すらまとまらないことも多いでしょう。
そのあたりのことを書いてみたいと思います。
なぜコンビニ加盟したか?
フランチャイズに加盟すると、加盟店には多くの利点があります。
商標、流通、店舗デザイン、経営指導といったものが、いっぺんに得られる。
これらは普通、一般的な小規模事業者では得られない知識や、運営体質の改革でしょう。
単独経営で問題なければフランチャイズ加盟は不要ですから、上に挙げた利点に魅力を感じるのは、伸び悩んでいる事業者であるともいえます。
知名度を武器にできるフランチャイズ加盟
「〇〇商店を経営しています」
と言っても
「はあ、そうですか」
という反応しか得られなかったのが
「セブンイレブンを経営しています」
と言えば
「エッ、セブンイレブンなんですか!場所はどこですか?」
など、詳しく知ってもらうための説明抜きで会話が進む。
一般企業だとホームページに「理念」とか「沿革」など、手間をかけた割には読まれないコンテンツを準備しなければならないことがほとんどです。
しかし「セブンイレブンオーナーなんです」という一言だけで、面倒な説明はしなくとも事業のことを知ってもらえる。
わかり易く「経営者であること」がアピールできる
知り合いがコンビニ経営者だったことを知らされた人は、そのあとどうするでしょう?
別の知人との会話の中で、話題のひとつとして利用される可能性は高いはず。
「〇〇さんってセブンイレブンのオーナーなんだよ・・」
「私の知り合いに、セブンイレブン経営してる人がいて・・」
などが考えられます。
コンビニは知名度が高いし、利用頻度も高いため、イメージしやすい商売です。
つまり、コンビニオーナーは極めてイメージしやすく、記憶にも定着しやすい経営者です。
個人事業主の”屋号”、法人格の”社名”を覚えてもらうのは難しいが「セブンイレブンオーナー」という肩書のアピール度は極めて高い。
これに個人ブランディングがうまくかみ合えば、アドバイザーやインフルエンサーのポジションを勝ち取ることも不可能ではないでしょう(維持の努力が絶対的に必要となりますが)。
「システム」より『成長期』がもたらしていた功績
「コンビニオーナー」がイメージしやすい経営者像なのは確かですが、今やコンビニは当たり前の存在です。
1980年代にコンビニへ業態変更した三河屋さんは、フランチャイズ勧誘のときに受けた説明どおりの恩恵を感じられたかもしれませんが、現代のコンビニ本部は、当時並みに加盟店へ報いてやる能力を失っています。
コンビニ加盟で獲得したいメリット
以前の記事で、当初本部が加盟店に提供できていた圧倒的なメリットを4種類説明しています。
<1>客層の広がり
<2>取扱品目の広がり
<3>整ったシステム
<4>オーナーが豊かになる喜び
これらのうち、どれかひとつが欠けただけでも、ビジネスシステムの立て方を変えねばならないほど素晴らしいメリットでした。
加盟オーナーたちは、自分たちに実利があってこそ、本部が掲げる高尚なスローガンを受け入れる気になれると思います。
多少の苦しみがあっても、実利との差し引きでプラスを保てるならば、自らを納得させ得るでしょう。
成熟期の小手先な改善は悪手になることも
成熟期に入ると、少なくとも<1>客層の広がりは期待できなくなる。
これはグロースカーブの一大特徴です。
顧客が増加するのは成長期なので、これまでコンビニ利用しなかった人が流入するステージはとっくの昔に終わっています。
そして<2>取扱品目の広がりについては「欠ける」というより「過多」や「複雑化」のほうが問題になりがちです。
「コンビニで○○が可能!」という宣伝文句は、それまでコンビニでそのサービスの提供を受けていなかった客からの売上増に役立ちますが、店側にかけてしまう負荷に対する見返りが、純粋な<1>のメリットには遠く及ばない
企画室で考案された1個の新サービスは、現場での無数の手数と精神圧迫を伴って実行される
「新たに〇〇へ展開を広げれば、市場のニーズから計算すると、これだけの成果が得られる」
そうして本部はやたらとハード面を整備し、現場に投入します。
官庁がハコものづくりにこだわる様子に酷似している気がしてなりません。
それに、なぜかソフト面については「マニュアル」で事足りると考えるようです。
運用の計画が粗雑なのも、官庁に似ています。
運用計画を雑にした企画室では「現場の大和魂で何とかなる」と、それ以降の思考をシャットダウンさせているのかもしれません。
でも、ほとんどがパートやアルバイトで構成されたメンバーに、何の根拠を持って『果敢な特攻』と『その成功の果てにある成果』を計算しているのだろうか?
「全国の店舗にて〇〇の受付を開始します」という大金を掛けたCM広告を打ち、システム機器の発注で己の役目は果たしたと思っているのならどうしようもなく片手落ちな企画です。
フランチャイズの理念に基づけば、あくまでも「加盟店と共に豊かになるオペレーション展開」が本部の必須事項です。
継続的な経営の安定性のためには、ハード面とソフト面に手厚い<3>整ったシステムがセットになっていなければなりません。
豊かさを感じるのは「人」。ハードだけじゃなく「ハート」も充実させて
複雑過多なオペレーションによるストレスや過重労働を課すと、店舗の従業員が次々に辞めていってしまいます。
人材の流動化が起きやすくなるのです。
できるメンバーに仕事が集中してしまう。
かといってそう簡単に時給を上げる財源がない。
「アイツはよく働くから」といって、あるスタッフを昇給させたとしても、給料は常に相対的な評価と受け止められる傾向にあります。
店長(オーナー)側には明確な理由があり、昇給させた要因は絶対的なものです。
でも、一緒に働いている他のバイトたちは相対的に受け取る。
「なんでアイツだけ」という不平不満(相対的な)が起こることが多い。
「社員の感覚」をパートやアルバイトに当てはめる愚行
コンビニの店舗でオペレーションを担っているのは社員じゃない。
本部の社員とは就業条件が違います。
目の前にニンジンをぶら下げるにしても、本部用のそれと現場とは同じではない。
本部が加盟店に対し、自社組織の理論を押し付けようとしても通用しないということが、本部の企画者レベルの人間には想像できないのではないでしょうか。
子供にやらせる接客マニュアルを作って、ついでに教育研修も本部がやれ
多種多様なニーズに応えるのに、オペレーションが複雑化していくのは仕方ないとしても、現場で働くのは生身の人間です。
しかも、未就業の子供たちだったり、しばらく現役から退いていたパート主婦だったり、日本に慣れ切っていない外国人だったりする。
現場に立たない大人たちが、ターゲットを克明に描かずに作った分厚い複雑なマニュアルが、そういう人たちに正しく読まれるだろうか。
現場で働くのは”機械”じゃなく”人”
現場でサービス利用するのは”ニーズ”じゃなく”人”
この現実がわからない企画者こそ”人じゃない”
「加盟店が豊かになる」は「加盟店で働く個々人が豊かになる」
本部は安易なBtoBをあてがうな
たしかに加盟店は”事業者”なので、そこにBtoBの理論は成り立つ。
通常、BtoB契約が成り立つ関係では、小難しいマニュアルを読むのは採用セレクションにパスした人材で、その後もふるいにかけられつつ継続勤務しているスタッフという文脈も成り立つ。
けれどコンビニの場合、配布したマニュアルは、たまたまそこで働いている消費者(C)が使う場合も多い。
建前はどうあれ、事実上はBto Cです。
つまり、「少年少女や外国人に直接宛てて書いたものとして効果があるか?」「伝言ゲームで周知されても効果があるか?」という性質のものとなる。
”理屈が通っているからそれでよい”というものでは絶対にないと思う。
彼ら彼女らに指導し、管理する加盟店への救済策がほどこされていない丸投げ方式では、やはり加盟店に報いているとは到底思えない。
つまり<4>オーナーが豊かになる喜びが提供されていない。
まとめ
1980年代との比較ということで総括すると、コンビニの本部というのは、かつて持っていた加盟店に対する利便性を失っていると言える気がします。
言い換えれば“販路”から見た魅力が大幅に欠落してしまっている。
政治の世界では何かと老害が取り沙汰されています。
かつて有効だった能力から”能”が失われた状態に陥り、小手先の改善でごまかしている間に、加盟店は弱くなっていく。
権力の前に黙らざるを得ない加盟店は、SNSやニュースの世論に対する最前線にも立たされながら、それでもエンドユーザーと接し、日々の努力を続けています。
せめて客側としては、普段の買い物でお店が及第点の対応をしてくれたら、それだけで感謝しても良いのではないかと思っています。