感情会計-善意と悪意のバランスシート

財務諸表から逆算で人心を読むテクニック

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純粋な『食べ過ぎ』と『食後の苦しさ』を見分けよう

総菜パンを買う時は、できるだけ大きなチェーン店を避け、小さな会社で・・さらに言えば、良さげな個人商店を見つけたらそこで買うようにしています。

 

こんにちは。感情会計(エモアカ)の四緑文鳥です。

今日は食と健康についての記事を書きます。

 

 

近所にあった個人経営の小さなパン屋さん

もう閉店してしまいましたが、我が家のそばに家族経営の小さなパン屋さんがありました。


食パンや総菜パン、プリンなどすべて自家製手作りの商品だけを置いているお店で、仲の良さそうなご夫婦に、娘さんらしき可愛らしいお嬢さんが働いていました。

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材料や製法にこだわりがあり、パンの種類も豊富で、目立たない立地にもかかわらずひいき客が多かったように思います。

 

良い材料の調達と、一つひとつの製作に手間暇がかかる分、金額的には大手メーカーやチェーン店よりも高いのですが、それを補って余りある価値を感じていました。

 

こだわりの製品群と、私が好きだったメロンパン

その店で私が好んで買っていた商品のひとつに、メロンパンがあります。

 

コンビニで売ってるメロンパンと比べると、大きさはふた回りくらい小ぶりですが、値段は倍くらいです。


コンビニのメロンパンには大きさをウリにしているものもあるようですので、そちらを買い慣れている人にとって、このお店のメロンパンは敷居が高いと思います。


しかしこのメロンパンは、お店のこだわりがよく表れた秀逸な品でした。

 

コンビニのメロンパンだと、外側の皮部分がクッキーのように剥がれ、その食感を楽しむところから始まるでしょうが、そのお店のパンは皮部分も適度に水分を含んでフワリとし、内側のパンはさらにフワッとして非常に優しい歯触りでした。

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口に入れるとほろりと溶けて、スッと喉を通るのですが、その後はまるで体に吸収されるように消えていくのがわかります。

後味のほうも、飲み込んだ瞬間にサラリと消えて残りません。

 

ちなみに、「体に吸収されるように消える」と書きましたが、これを言い換えると「お腹に溜まる感じがしない」ということです。


しかも、後味はサラリと消えて残らないわけですから、それでは物足りないという人が圧倒的に多いと思います。

 

しかし、口に含むと儚く消えてゆく優しい味を、ゆったりとした気持ちで大切に味わう楽しみが感じられる代表作でした。


何か、そのお店そのものを感じられるようで・・。

 

「食事した充実感」を注意深く観察しよう

翻って見るに、コンビニのメロンパンというのは、皮部分は少し柔らかめのクッキーを食べているようで、甘みもアクセントが強いのですが、食後もずっと消えずに残ってしまい、正直しつこいなと思うことがあります。

 

また、大きくて分量が多いことから腹持ちが良いということも、コンビニメロンパンの魅力のひとつではあるのですが、実はこれも考え物かなと思うことがあります。

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kscz58ynkさんによる写真ACからの写真


よく、外食で揚げ物やラーメンを食べて「あー食ったな。食い過ぎだったかな」なんて言いながら店を出てくる人がいます。

私自身もそんな経験は何度もあります。

 

でもあれって、本当に“量”だけの問題なのでしょうか?

 

「お腹に溜まって腹持ちが良い」ことと「食後、胃に負担を感じる」を慎重に見分けよう

ほとんどすべての人が経験していると言って過言ではない「腹が張って苦しい。食べ過ぎたからだ」という概念が、普遍の真実とは思えないのです。

 

「食べた直後に、腹が苦しい状態になった」のは事実だと思いますが、家で手作り料理を食べた時、同じ分量を食べて毎回お腹が苦しくなるだろうかと考えると、ちょっと怪しい気がします。

 

たとえば、カツフライの定食を食べた程度で「腹いっぱいだわぁ」と、お腹をかばうような足どりでお店を後にするような状態になるだろうか?

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okimoさんによる写真ACからの写真


あるいは、ラーメン一杯食べたくらいで、無意識に腹をさすってしまうようなヤワな胃袋だっただろうか?

 

食事の目的は「栄養摂取」や「満足感」であり『食べた感』ではないはず

酸化が進んだ油を摂取した時や、化学合成された食品添加物が身体に入った時の反応は、ネットで簡単に検索できますし、たいていの人がそのくらいのことは良く知っているでしょう。

 

ただし、それらの不快感は食事の直後に起きるので、ついその原因を食事の❝量❞に直結させて納得してしまっていないでしょうか。

 

 食事が原因で即座に起こった身体の悲鳴を早期発見すると、食生活見直しの大きなポイントがつかめるようになるのですが、残念なことに早期発見されるはずの異常は「たくさん食べた」という『食事した実感』に化けているので、最も現行犯逮捕がしづらいのです。

 

内容が薄いものほど自己主張しないと存在感を維持できない

「安くてたくさん食べられる」というのは大きな魅力ではありますが、具材の質や添加物によってかかる身体への負担が『食べた感』になっているようではどうにもなりません。

 

冒頭のメロンパンの話で言えば、安物のメロンパンは、すでに飲み込んで口に残っていないにもかかわらず長時間にわたり「存在しない偽物の味」を自己主張し、飲み込んだ分は消化吸収を妨げる不自然な材料で「腹持ち」を自己主張している。

 

「食事してお腹が張った」のは、純粋にたくさん食べたからなのか、異物認識した体にオーバーワークが起きているのか、私たちは誰もが一度は気にすべきことだと思うのです。

美味しいものを楽しめる身体を、死ぬまで保ち続けるために。